Shinya talk

     

 

2020/12/04(Fri)

竹中と高橋をつまみ出せ(CATWALKより転載)


今日は久々の金曜爆弾である。

ご承知のように元チンピラの船長はこのような局面では言葉が荒っぽくなるが、正論である。






菅政権の内閣官房参与(経済・財政政策担当)の高橋洋一が最近とんでもない案を打ち出し、茂木健一郎やジャーナリストの堀潤などが反発し、「#Eテレのために受信料払ってる」がツイッターのトレンド入りをしている。


内閣官房参与、経済・財政政策担当の初仕事ということなのか、彼はこともあろうにNHKのEテレを民間に売却し、その利潤で受信料を半額にするというとんでもない提案をしているのである。

視聴率競争を背景にメディアの画一化が進む昨今、BSもそうだが(日曜美術館など私も何度か出演している)Eテレのような視聴率にとらわれない独自の番組作りをする局はますます重要度を増している。


そんな情報環境の中、局を金のために民間に売却し、民放化するというのは国民から情報の選択肢を奪う行為であり、文化そのものを破壊する行為でもある。

文化音痴の似非経済学者が芸術や文化に口出しをするととんでもないことになるという見本のようなものだ。



以前にもこのトークで触れたがこの高橋洋一という男は豊島園の” 庭の湯”というレジャー施設の脱衣所の他人のロッカーから現金や腕時計など約30万円をコソ泥し、警視庁練馬警察署に窃盗容疑で書類送検された前科を持っている。


彼がコソ泥を働いたのは2009年3月のことであり、すでに犯罪としては時効となっているが、一般人であるなら、時効以降はその罪科に触れるべきではないが、国政というものに関与し、その挙動が国民の利益不利益につながるような立場である限り、時効はあってもその前科は問われ続けなければならない。

コソ泥を働いたような手癖の悪い不道徳な者がかりに内閣総理大臣になったとすればこれは茶番であり、高橋は内閣官房参与のような国政を預かる立場になってはならないのである。





ではなぜそのような前科者の彼が管政権において内閣官房参与に抜擢されたかと言うと竹中平蔵のお友達だからだ。

竹中は小泉元首相と一緒になって郵政民営化を推進し、アメリカに日本を売った売国奴であり、さらには大手人材派遣会社パソナグループの取締役会長を務めながら一方で国政に預かり派遣の法の縛りを解除すという見え透いたマッチポンプをやって私腹を肥やした男だ。

文字通り竹中平蔵のその蔵には汚い金がぎっしり詰め込まれているのである。

管首相はなにゆえか、あるいは裏で利害関係にあるのかこの悪魔のような男にぞっこんであり、組閣後、いち早く彼を成長戦略会議の長に据えている。

そんな竹中が東洋大学時代で同じ教鞭を取っていた親しいお間柄の高橋洋一を管内閣のブレーンに推薦するというようなことがなければ前科者が国政にあずかるというような恥も外聞も無視した人事などありようもないだろう。

ちなみにこの置き引き犯罪は本人もそれを自白しており、そして社会的立場がありながらなぜ書類送検という軽微な罪状で終わったのは彼が元財務官僚で小泉元首相と親交があったからと当時は憶測されたものだ。

つまりかくもズブズブのこの日本固有の政治風土と人脈の中で生きながらえているコソ泥の高橋のような者が門外漢である文化に口出しをし、竹中同様、新自由主義(つまり金が中心の弱肉強食)の投網を国民の頭上に投げようとしているのがEテレ売却論の本質に他ならない。




     

 

2020/12/01(Tue)

Podcast 「新東京漂流」Vol.36脳学者茂木健一郎とのダイアローグ。

     

 

2020/11/27(Fri)

藤原新也 podcast 放送中

     

 

2020/11/17(Tue)

ポッドキャスト・「新東京漂流」Vol.35「脳科学者・茂木健一郎とのダイアローグ」

     

 

2020/11/03(Tue)

藤原新也Podcast「新東京漂流」Vol.33「門司港サウターデ・伯翠庵物語・その2」

     

 

2020/10/31(Sat)

藤原新也 podcast 門司港編、放送中



藤原新也のpodcastが開局されて今現在vol.32回となるが、今、藤原は門司港帰郷の話をしている。
この話がなかなかスリリング。

CATWALK編集部


Podcast 藤原新也「新東京漂流」


     

 

2020/10/31(Sat)

藤原新也 podcast 放送中

     

 

2020/10/28(Wed)

「非接触時代の行方」の仮説は雛形としてすでに目の前の現実に現れつつあるのではないか。(Cat Walkより転載)

今日は私が最近気になっていることを話してみたい。
ここにひとつの現象がある。

スペイン、フランス、イタリアなど欧州各国のコロナウイルスが再燃し、ふたたびロックダウンに突入せざるを得ないというような状況に陥っているということだ。
私の姪の住むマドリッドでは感染者がうなぎ上りで長期に渡って夜間午後11時から朝8時までの外出禁令が出ている。
ご承知のようにスペインは夜の街であり、夕餉の宴は9〜10時ごろにはじまるわけだから、日本において午後5時以降の外出を禁止するに等しい。
かくもさようにヨーロッパは深刻な事態に直面している。

その状況に関連して私はふとあることを思い出した。



2月だったか3月だったか、つまり新型コロナウイルス騒ぎが持ち上がったころのことである。ある人からひとつの動画が送られてきた。
それはマスクや手洗いを否定するアメリカの若い医者の動画だった。
私はその頃N95マスクの効用や鼻うがいなどの効用をトークを盛んに書き始めたころであり、FOXというメディアが出典元でもありその動画を一笑に付して放置した。

アメリカのCNNがどちらかというとリベラルかつ民主党や、中国寄りなのに対して、FOXは共和党支持者や、アメリカの保守の人たち御用達の古き良きアメリカ的なメディアである。

どちらも大手だが、FOXは白人メディアと言うべきもの。
よく見ると、お医者さんのガタイもかなりいいし、髪型も、古き良きアメリカ的なスタイルだし、ある種のFOXが仕掛けたプロパガンダだと私はそう理解した。

私はその後、ご承知のように私は「非接触時代の行方」と題し、人々の非接触行動が何年も長引くことによって接触によって鍛錬されるはずの腸内細菌叢が弱体化し、日和見感染症に罹患しやすくなるのではないかという仮説を立てている。

そんなさなか、私は今日のヨーロッパの現状と見据えながら、近ごろ小さな戦慄に近いものを覚えつつある。

ひょっとするとその「非接触時代の行方」の仮説は早々と小さな雛形としてすでに現実化しはじめているのではないか。

そのような思いに打たれたのである。

私が3月に無視した動画は以下のものである。
画面が小さく読みにくいのと翻訳が大雑把なので以下に私が多少手を加えた動画のテキストも書き写した。

https://www.youtube.com/watch?v=FFnCUn9zUWU&feature=youtu.be

以下・動画訳。

我々は自分の身を守るために緊急用にはマスクをつけます。
しかし通常われわれはマスクをつけていません。
というのは微生物学、免疫学を理解しているからです。
そして、免疫システムを確保するためです。

我々の免疫システムは触れることによって構築されるのです。
つまりブドウ球菌、連鎖球菌、バクテリア、ウィルスと握手するのです。
これより毎日免疫反応を育てることが可能です。
私からブドウ球菌、連鎖球菌、バクテリア、ウィルスとり省くと、私の免疫システムは下がりさがります。

つまり家に閉じこもると、免疫が下がります。
数ヶ月も閉じこもると、もっと下がります。私たちは家に帰ると派手に手やカウンターを洗いますね(それによって免疫力は低下します)。

われわれは我々が生きるのに必要なものを排除していることを心配しているのです。
免疫不全でもなく、年寄りでもないなら、手袋とマスクなしで外に出るべきです。
あなた方はそういうものなんです。
家に閉じこもったり、マスクや手袋をつけますね。
全員にマスクと手袋が必要とは思いません。それが細菌叢を減らすからです。
これによって社会との接触ができなくなるわけではありません。細菌叢やウィルスは友人なんです。
他の病気から守ってるんです。追い払っているんです。
でなければ、より日和見感染しやすくなります。
我々が全員家に閉じこもり、免疫システムを低下させ、ウィルスやバクテリアを交換し出すとどうなりますか。
病気が急上昇です。重ねて言いますが、ワレワレの免疫システムの構成要素はウィルスとバクテリアです。




ご承知のように今、新型コロナウイルスの再燃現象に見舞われている欧州諸国はこの日本とは異なり早々と外出禁止令を発令し、ロックダウンの完全非接触政策を実行した。

本来ならそれだけ極端な非接触行動を国民に強いたとするなら、その結果、コロナウイルスの活動は収束に向かうはずである。
いやそれを目指したがゆえのロックダウンだった。

だが、奇妙なことにロックダウンを挙行した国において新型コロナウイルスは再燃現象を呈している。

私はその不可解な現象を見ながら、ふと私がお蔵に入れた、あの疑わしい白人メディアの動画のことを思い出し、少なからぬ戦慄を覚えたわけだ。
そこにも一理はあるのではないかと。

「ひょっとするとあの完全非接触・ロックダウンは逆に人々が日々更新しなければならない免疫力を低下させたのではないか?」

それによって人々が解放されてのち、さらに新型コロナウイルスに罹患しやすい体になったのではないか。

そのようなことに思いを馳せながら、私の脳裏に走ったのは当然のことながらあの新型コロナウイルスに対して一切の対策を取らなず放置したスエーデンの現状のことである。
ひょっとするとこの国では新型コロナウイルスの再燃はないのではないか。
調べてみて少なからぬショックを覚える。
スエーデンではやや上昇はみられるものの問題のレベルではなく、いわゆる再燃現象は起きていないのだ。



「非接触時代の行方」は新型コロナウイルス禍による非接触が長期化した場合の仮説だったわけだが、私たちが日々細菌やウイルスに接触することによって自転車操業のごとく日常的に抵抗力の更新をしているという件の動画と、そしてヨーロッパの現状に鑑み、その現象は大団円に移る前の雛形としてすでに現実化しているのではないかと密かに思う。

思うにバクテリアやウイルスというものは日々私たちが体力を養うために食べている食物のようなものと考えると分かりやすいのかも知れない。

それが事実であるとするなら、私たちが今履行しているコロナウイルス対策も修正、もしくは根本的に見直す必要があるわけだ。

     

 

2020/09/03(Thu)

意外と思うかも知れないが。(CATWALKより転載)

令和餓鬼草子、国民そっちのけ派閥によるお手盛り総裁抗争をそのように表現した。

またドブさらいの底から掬い取られた菅というもの言いをした。

だがこれは政局のことを言っているのであり、人物評価ではない。



私たちは近い将来良くも悪くも一人の国民としてそういった腐敗臭匂う政局によって生まれた首相を迎えざるを得ない立場となるわけであり、そういった条件下で人物の好き嫌いを越え、敢えて今回の総裁候補菅、岸田、石破、三者への期待度を表すとするなら意外に思うかも知れないが船長個人は菅現官房長官に1票を入れる。



というのは彼はこの国難時に為政を行う上において他の二候補にはない有利な条件を得ているからだ。



菅は安倍政権7年8ヶ月の間、官房長官として安倍を支えたわけだが、その「支える」の意味は彼が政治家としての信念や方向を指し示したということではなく、あくまで役割としての官房長官を務めたのであり、安倍のいかなる不祥事もそれをフォローする立場を押し通したということである。

彼は最側近として安倍の所業をじっくりと見ており、その成否、善悪も飲み込んだということだ。

彼の強みはその安倍の7年8ヶ月を客観的に眺める立場にあり、当然自分が首相であるならこうする、こうはしないという批評眼を持って安倍の為政をあの冷たい目で見ていたはずだ。

コロナウイルス問題を含め、首相最側近として実践的に問題点を感じていたとするなら、それは彼が首相となって為政をする上における他の二候補にはない強みであり、仮にその経験の上に立って真っ当な為政をしたとするなら化ける可能性があると言うことだ。







彼が首相になって最初にやるべきことは一例として彼の持論であるケータイ企業の暴利構造に手を突っ込むことだ。

これは決して小さいことではなく、まるで税金のごとく老若男女に”課金”される携帯料金がいかに国民を蝕んでいるか。



特に持たないと言う選択肢のない貧困な若者への学割や未成年割引もない法外なスマホやwi-fi課金は改めなければならない。

このコロナウイルス禍であらゆる業種が割りを食っている中、ケータイ企業だけが前期同様の収益を上げているのは理不尽でもある。



だがこう言った巨大企業の収支に手を突っ込むのはよほどの手腕を必要とするわけで、この一点においても首相としての彼の腕が試される。





     

 

2020/09/01(Tue)

令和餓鬼草子。(CATWALKより転載)

安倍政権下8年の腐臭ただよう派閥の排泄物を狙う談合。

菅をドブ浚(さら)いのごとく泥土の底から掬い上げる。

さらにまたぞろ健全与党演出、ガス抜き仕込みお家芸、体制内体制批判若手や小泉の小さな反乱。

これから少なくとも1年間、国民はあのどろんと淀んだ餓鬼草子眼光にさらされることになる。

幸か不幸かこいつらの胸の悪くなるような腐臭をコロナウイルス同時ブロックすべく総マスク装着時代が救いと言うもの。

CATWALKのやるべきひとつは令和餓鬼草子時代の腐臭の浄化と心得る。

200901.jpg

鎌倉飢餓時代の餓鬼草子。
餓死に直面した飢え人にあってはウンコもまた立派な最後の食糧である。
食い物足りた人のウンコを狙って餓鬼が集う。
おそらくこれは実録。
インドにおいては人間の屋外排泄に犬どもが集う。

     

 

2020/07/24(Fri)

Podcast藤原新也「新東京漂流」の開局。

藤原新也はこの3月からJ-WAVEのPodcast「新東京漂流」を開局している。

毎週火曜日に10〜20分ほどのしゃべりを行う個人ラジオのようなものである。

時事放談あり、独り言あり、インタビューあり、ルポあり、なんでもありだ。



Podcastは無料で新コンテンツも過去のコンテンツもすべて自分の時間に合わせて聴くことができる、コマーシャルもないので極めて自由度の高いメディアだ。


昨今のメディアが様々な縛りの中で自由度を失いつつある今、こういった個人的なメディアは不自由社会の突破口としてすでにアメリカでは人気を博しつつある。


キャットメロンに入ってこられる方々も楽しまれると良い。


藤原新也





Podcast 藤原新也「新東京漂流」







     

 

2020/07/03(Fri)

世の中に蔓延しはじめている「怒りの罹患(りかん)」(CATWALKより)


東京で感染者が百人を越したということでメディアは大騒ぎをしている。



コロナウイルス問題が純粋に国内問題となったのは対岸の火事であったダイヤモンドプリンセス号の乗客が下船した3月1日以降。

したがって約4ヶ月となる。



問題が濃密なだけに、すでに人々の間には1年くらいこの問題に苛まれているとう感覚の錯誤が生じているように思うが、まだ4ヶ月なのである。



しかしながらそのわずかな期間に(この日本では少ないと言えるものの)感染者と死者が続出し、街では倒産した店が閉められ、失業者が続出していることも確かだ。

また健常者においてもこのコロナウイルス禍の「自粛という抑圧」の中において、真正の病には至らぬものの、ある共通した精神的外傷の前駆症状が生じはじめていると感じている。











例えば今日のテレビでは昨日の西村経済再生相の記者会見の模様の一部が切り取って流され、その強いものの言い方がけしからんと出演者が口角泡を飛ばすかのように一斉攻撃している。



確かにそこだけを切り取ってみると西村は何か国民に対し強い口調でいわれなき苦情を述べているかのように聞こえる。

だが会見の模様を通しで視聴してみると、その話の流れからこれ以上感染が広がらないよう自粛を訴えている切実感がが伝わり、私個人はむしろ好感を抱いた(船長が官邸関連を褒めるのは珍しい・笑)。



https://www.youtube.com/watch?v=KPI9_3YQQvo





さしたる勇み足でもなく、むしろ真摯に受け止めるべき内容に対してさえ皆が怒りの集中砲火を浴びせるこの光景は船長がここのところ感じているコロナ罹患なら軽度の国民病となりつつある「怒りの罹患」(自粛警察がこの典型だが)を典型的に表すものとして銘記するとともに、ひるがえって自からの日常の合わせ鏡としたい。





今のところは「怒りっぽい」「癇癪を起こす」程度の日常的異変で収まっていはいるがこの「怒りの罹患」なるものがマッス(塊)となった時、辻村君の投稿にある「参事便乗資本主義」ならぬ、その感情のマッスを利用する不穏な便乗(国民の欧米への怒りのマッスをマスコミと軍部が仕立て上げ、戦争へと突入した戦前がまさにこれだった)が生じないとも限らない。






     

 

2020/05/19(Tue)

指原莉乃と検察庁改正法。(CATWALKより転載)


サッシーこと指原莉乃が今回の検察庁改正法に同調せず、なかなかお上手なコメントで避けていることがネット上で話題になっている。


私は数年前雑誌スイッチで彼女の表紙撮影をしており、その際、なかなか勘の良い子だと思った。

その後秋葉原AKB劇場の10周年のおり、専属以外は入れない会場に特例で入れていただき2度目の出会いがあり、彼女が勘が良い上になかなか立ち回りのお上手なタレントだなと感じた。


会場で出会った秋元康さんは礼儀正しい方で目上の私に向かって深々と礼をし、私も礼をしたのだが、その後秋元さんがいなくなってから、タレントでごった返す会場の遠くから指原が急いで近づいて満面の笑みで挨拶に来た。


一度撮影したとは言え、その折は私の事は知らなかったはずで、これほどの親密感を見せ近ずくのを見て、おそらく秋元さんが深々と礼をする写真家だからよほどの人だと思ったのかも知れない。


そういう意味では空気を読むのが大変お上手である。

今回多くの芸能人がハッシュタグをつけた検察庁改正法に関しても逃げ方がなかなか上手だなと思った。


まあ確か松本人志と同じく安倍首相と同席して飯を食ったという記憶があるから、そういう意味では微妙な立場ではあるのだろう。

     

 

2020/05/08(Fri)

お隣の韓国がどのようにコロナウイルス問題に立ち向かったかのひとつの好例。(CATWALKより転載)



先日来、韓国での私の本の編集をやってくれたカン君に韓国事情を聞いているのだが、うらやましいことに今は平時のように繁華街は賑わっているそうだ。



政府は完全に手綱を緩めたわけではなく、慎重を期している部分もあるらしいが、成功という言葉は早計かも知れぬが、新型コロナウイルスを世界でいち早く攻略したと言えるわけであり、安倍政権は学ぶことは多いと思う。

だが嫌韓の彼はジェラシーを感じこそすれ韓国方式に学ぶことはないだろう。



カン君の話によると韓国でのコロナウイルス対策で有効だったのはこれは台湾にも当てはまることだがネットを有効に使ったとのことが大きいとのことだ。



つまりどこどかで感染者が出た場合、個人情報は一切伏せた形でその番号を振った感染者が何日の何時にどのような経路をたどって何をしたかという詳細情報がホストコンピューターに蓄積され、そこにアクセスすることによって自分の行動経路と照らし合わせることができる仕組みになっている。



そして感染者と自分の行動経路が重なる部分があれば直ちにPCR検査に向かうということを国民がこぞって行ったらしい。

このPCR検査も申し込めば直ちにやってくれるそうだ。

日本では37,5度以上の熱が4日以上続いてやっと保健所が申請に動く(実際には40度近い熱が4日続いても検査を受けられなかった例もある)。まるでアフリカの後進国並みだ。



韓国では国民のそのような動きが自らの感染リスク回避であるとともに集団の感染リスク回避にもなったわけだ。

韓国はアマゾンも入り込む余地がないほど早くからネットが発達し、このネットリテラシーを最大限に利用したことが今回のコロナウイルス攻略の鍵となったということである。



この日本ではどこどこの地区に何パーセントの人出があったということを携帯情報から集めているとのことだが、それくらい個人所有の携帯の位置が把握できるわけだから韓国方式を取り入れることは可能だったのではないか。

だがコロナウイルス問題にネットを駆使したというようなことはついぞ聞かない。

毎日膨大なコロナ情報を流しているマスコミもまたお隣韓国のコロナウイルス対策がそのように取られていたということを報道されたのを私の知る限り聞いたことがない。

政府のみならずメディアもまた韓国に触れることに無意識にバイアスがかかっているのではないか。



カン君はもと早稲田の学生として日本に留学しており、最初に電話をかけた時、コロナウイルスでの韓国の人々の心情を尋ねたところ以下のメールが返ってきた。

個人的なやりとりであり、日本語で表現するのにハンディがあっただろうが快諾してくれたので以下に掲載する。











藤原新也様

今日は久しぶりに通話できまして、嬉しかったです。

電話してくださって、ありがとうございます。

僕は日ごろネット経由で、日本の新聞記事やニュースには耳を向けていますが、最近のようにがっかりしたことはありませんでした。

阿部政権でやっていることはよそ者の僕が見てもひどいことばかりで、日本の国民は本当におとなしいな、と思うだけです。

もし韓国だったらほとんどの人が政権に立ち向かうのでしょうね。

僕が早稲田にいた頃の日本社会は今よりもずっと寛容と教養があったような気がします。いち早く日本が僕が知っている社会に戻ってほしいと願っています。

さて、今回のコロナウイルスは韓国社会、韓国人にどういう影響を与えたのか、という話ですが、

韓国でもコロナ事態が終わったわけではありませんから、今後も様子を見てみないといけませんが、韓国人の思考と生活に大きなショックを与えたに違いありません。



思い付きで書いてみます。



私は以前国あるいは政府は何なのか、その存在に疑問を抱いていましたが、こういう非常状態になると政府はの大変重要な役割を果たす機関だな、ということで、その存在理由を認めざるを得なくなりました。

私の周りには税金を納めている理由が初めて分かった、と言っている人もいます。

それは政府のやり方に国民が納得した、ということですね。

わかりやすい政策方針を決め、國民を優先する速やかな対処すすめ、透明に情報を公開するといった常識がリーダーシップの源泉であるということか、と思います。韓国人はもう少し自負心が高くなったのではないでしょいうか。



だといっても一般国民の生活はかなりダメージを受けています。

特に社会の弱者と言われてきた人には大きな影響を与えています。

厭世主義的な考え方も流行っています。

階層間の葛藤も見えます。

その中でも、当分は家賃を半分にします、という大家さんが出てきて、話題になりました。



会社中心の考え方は間違っている、と多くが人々が気付きました。

経営合理化を理由に非正規雇用を認めてきたのは間違いだったとわかったのでしょう。



また、家族の大事さを改めて悟った、という傾向もあるようです。

会社人間がいきなり家族人間に変貌するパターンですね。

韓国では封鎖はなかったですが、それでも飲み会がなくなり、家族と過ごす時間は増えたのは確かです。



それ以外にもいろいろなことがありそうな気がします。

周りの人とも意見を交換してみます。

今日は眠いので、これで失礼します。



すみません、また、改めて、ご連絡申し上げます。



かん





注・カン君はいつも体制批判的なところがあり、今回のように政府を褒めたのには私自身驚いた。

それくらい韓国政府は今回のコロナウイルス問題にうまく立ち向かったということだろう。



追記

英BBC(電子版)は4月30日、PCR検査について「日本の検査数の少なさは疑問だ」と題する記事を掲載。日本の感染者数は28万〜70万人におよぶという試算を紹介しながら「日本は検査数を増やさないと、パンデミックの終結はかなり困難」という専門家の厳しい見方を取り上げた。

https://news.livedoor.com/article/detail/18227955/





     

 

2020/05/07(Thu)

この迷走船はいったい何処に向かって針路を取ろうとしているのか。(CATWALKより転載)



「迷走」という言葉がある。



これは道のある陸上の言葉ではなく、例えば「第七管区海上保安本部若松海上保安部などが取り組んでいる迷走船対策」と言うように道というもののない海洋における船舶の航行、あるいは空の飛行機の飛行の様を表す言葉だ。



私も海洋の航行時にたまに迷走船に出くわすことがある。

その多くは海が荒れた時のことで、波間に見え隠れする遠くの船の針路が定まらず、フラフラして一体どこに行こうとしているのかわからない。



こっちかな、いやこっちかなと、慌ただしく針路を変える。



つまり慌てているのだ。











この日本丸と言う船の舵を握っている安倍首相はさしずめ荒れた海の中のあわてた船長のように見える。



そのおかげでいわば今日本は海上保安庁の言うところの「迷走船」そのものとなっている。



自分一人で遭難するなら構わないが、この船には一億二千万もの乗客がいるのだ。



投稿の中で安倍のマスク云々とこだわるのはどうかと思うと言うのがあったが、私は以下のようにそう言った細部にすでに彼が針路定まらぬふらつき船長であることが現れていると指摘している。










466億円もの大金を使い、全家庭に2枚の布マスクを配るという信じがたい駄策を発表するやいなや、各方面から布マスクは不織布マスクに比べ使い物にならないと指摘されると、慌てて彼は通常の不織布マスクに付け替えた。

だが今度は、では国民に配った布マスクを安倍首相はなぜ装着しないのかという批判が飛び出た。そうすると安倍首相はまた不織布マスクをやめ、再びあの布マスクを再装着しはじめた。

私がすでに終息しているマスク問題にこだわるのはこれは単にマスクにとどまる問題ではなく、そう言った細部にこの緊急時に政権の「ふらつき」というものが如実に見て取れるということに他ならない。











その後、このマスクのふらつきの一件は案の定、その直後に特定世帯30万給付と一旦正式発表したものを引っ込め、国民一人当たり10万に切り替えると言う針路定まらぬふらつきに如実に現れる。



この舵取りのふらつきはさらに続き、4月7日に7都府県緊急事態宣言を発令したものの、都府県から他県への人々の移動を見て慌てて16日に緊急事態宣言を全都道府県に拡大。



その4月16日の緊急事態宣言は連休明けの5月6日までとしていたが、全面的ロックダウンのできないこの日本において連休明けに解除に至る状況になるとは国民の誰もが思っていなかったはずだ。



そして今日さらに1ヶ月延長。

この荒海の中、三度にもわたる針路の変更は国民の神経と忍耐に疲弊をもたらす。



一体この船はどこに行こうとしているのか、ふらふらと針路を変える日本丸に乗っている乗客はたまったものではない。











かと言って荒海の海洋の中の迷走船の針路を誘導する海上保安庁船のような役割をする、つまりこれは他国と言うことになるのだが、助け船を出す国はないのかと言うと決してない訳ではない。



先日私の本の韓国版の仲介をしているカンさんに電話をしたことろ、韓国ではPCR検査のキッドの提供など日本に何度も協力の打診をしているそうだ(こうした報道はなぜかない)。

しかも韓国におけるPCR検査の精度は日本の40パーセントに比べ80パーセントと高いらしい。

日韓関係の悪い中、韓国に助け船を求めるのは政権のプライドに傷をつけることになるわけだが、そんなプライドはかなぐり捨て、救済一途に邁進する。

つまり命を賭けるような迫力がない。



その点、今回の新型コロナウイルス戦争において、ニュージーランドのジャシーダ・アーダーン首相、台湾総統のサイ・エイブン、ドイツのメルケル首相と揺らぎのない船の操縦を見せた国主が女性であったことは特筆すべきことだろう。



一般的にというか、いやほとんど全てと言ってよいが、船の船長というものはおしなべて男性だ。

そう言う意味ではトランプやプーチンや安倍と言った男性の舵取りがふらつき、女性がヨーイング(左右のふらつき)をしっかりと制御する舵取りを見せていることには驚きを禁じ得ないが、それはひょっとすると驚くべきことではないのではないかも知れない。

それは女性国主のそれぞれが愛の言葉をもって国民に接したということだ。

台湾における部下の大臣は武漢から帰国した国民の一人が感染者だったことにさえ涙した。

それによって国民はその「人間の言葉」に自ら進んで従い、合わせてその心に潤いすら与えられたと思える。



官僚の作文をクールに棒読みするような国主の国においてはいかに医学的能力が高かろうがおそらくこの闘いには勝てない。

というのもこれは生物対生物の闘いであり、武器と最も遠い人間の心というものが皮肉にも最も性能の良い武器だということである。







  Next >  TALK一覧ヘ