Shinya talk

     

 

2019/06/14(Fri)

川崎通り魔殺人事件に関する雑感。(CatWalkより転載)

3月4日の誕生日を過ぎてひとつ試みていることがある。
昨今の社会では人々は情報をスマホ、テレビ、新聞、雑誌などのメディアによって取得する率が大きくなっている。
電車の中で時にはほとんどの乗客が下を向いてスマホを操作していたり画面に見入っていたりする光景がこのことをよく表している。車窓では彼らが何年も通っている日常風景が流れているわけだが、ひょっとすると人によってはそれは見知らぬ風景であるのかも知れない。


こういったメディアによる情報の取得率が拡大するにつけ、日常や現実にブラインドが降りてしまうという本来人間の身体が求めている現実との風通しが閉ざされる傾向はスマホ世代でなくとも私たちにおいても同様のことだ。


そこで私が時折やるのは「メディア洗浄」である。
つまりある一定期間自分の身の回りのメディアを断つということだ。メディアの断捨離と言ってもよいだろう。
あるいはメディア飽食の時代における断食と言ってもよいのかも知れない。
しかしながら私たちにとってメディアは空気のようなものであり、完全にメディアを断つことは社会との縁を切るということだから復帰可能な状態にしておく必要がある。


私はこの情報のプチ断食をだいたい誕生日を境にすることにしている。
期間としては3ヶ月というところか。
時と場合によってまちまちである。
だがここで大切なことは見ざる言わざる聞かざるというように一切情報から耳を塞ぐという頑ななものではなく、日常生活の流れの中で人からの話で耳に入ってきたり見えたりした情報はそのまま受け入れる。



今回の川崎における殺傷事件はちょうどそのメディア断捨離の中で起こった。
つまりリアルタイムでは知らず、数日後に人の口から聞き、ちょうどメディア断食明けに近づいたということもあり、ネットなどの拾い読みをした。


そしてひとつ言えることはこの数ヶ月間私がメディアから日常現実にその受信アンテナの方向を転換したように、情報取得様式がかりに旧社会の様式であった場合、今回の川崎事件のようなことは起こらなかった可能性があるということだ。



メディア断食あけに川崎事件のことを知り、ネットを探っていたところ川崎事件がらみで藤原新也の名前が数件上がっていた。


そのいずれもが私の著作『東京漂流』に取り上げた川俣軍司による深川通り魔殺人事件に言及したものだった。
その論調は、こう言った通り魔事件を時代を象徴する事件として取り上げた藤原は、今回の川崎事件を予見していたというものだ。


だがその観測は当たらない。
1981年に起きた深川通り魔殺人事件と今回の川崎通り魔事件とは対極と言ってよいほどその事件の質は異なる。


茨城の辺境でシジミ取りを生業とし、その後トラックの運転手や寿司職人を転々とした生活を送ってきた川俣はその間の人間関係によるストレスの蓄積の上、それが怨みとなって行きずり殺人に走ることになる。つまり彼はその濃い身体で泥臭いほど現実に深く関わっているのだ。
また事件報道や情報の拡散も当時と今日とでは様相を異にする。


深川事件が起きたのは(ウインドウズが発売され)ネット社会がはじまる95年を遡ること14年前のことで、事件報道は新聞テレビ雑誌に限定され、今日のようにタレントから一般人までが情報の送り手となったリアルタイムのネット上の騒乱というものは当然皆無だった。
事件における濃い身体性、そして情報の送り手と受け手が棲み分けていた時代のそれは、旧社会におけるきわめて人間臭い事件なのである。


だが川崎における通り魔殺人容疑者である岩崎隆一は川俣軍司とは真逆にその身体は虚ろである。
いや虚ろというよりその存在があらかじめ“ない”。
このことは先のトークにも述べたように今日に至ってもその顔写真がない(おそらく犯罪者の顔が視認できないというのは前代未聞のこと)ことが、彼がこの世に“いない”存在であることを象徴している。


その意味において深川の事件は川崎の事件を予見しているとは言えず、むしろ旧社会と新社会の差異が浮き彫りとなった両事件と言える。



川崎事件に見るいわゆる“ヒキコモリ”という新社会における人間の存在(非存在)様式は海外においても見られるが、この日本においては農耕民族固有の同調圧力社会における弱者や異物の排除(いじめ)を発端とすることが多い。
この弱者や異物の排除は就学時固有のものではなく、年功序列終身雇用からアメリカ型の成果(能力)主義へ転換(カルロスゴーン氏の大量解雇による会社立て直しはこの象徴だろう)した雇用形態の中にも潜む。
つまり昨今の社会は就学年代、就職年代の全年代を通じて弱者を排除する社会構造となっている。ヒキコモリとはそう言った弱者排除社会によって抹殺され、ステルス化した新たな時代の身体様式という見方が出来るだろう。


私の近しい団塊の世代夫婦に今回川崎で事件を起こした岩崎隆一と同世代のヒキコモリ体現者Yがいる。
Yは小学校の頃私の房総の家に親子連れでたまに遊びに来ていたが、小学校上級生になっても挨拶もすることもなく、何度か親に叱られていたが、いじけたようなところがあった。
Yはその頃小学校でイジメに遭っていたということをのちに聞いた。
その後夫婦との交流はあまりなくなったが、それから30年、40代になろうとする彼は家の二階の一間に蟄居し続け、奥さんが作った食事を襖を開けそっと差し出す生活が続いている。
彼はいつも薄暗い部屋でパソコンの明かりに照らされており、いつぞやトイレのために階下に降りた隙に奥さんがパソコンを覗いたところ、攻撃的な書き込みが溢れており息子がネトウヨだったことを知ることとなる。
社会から消されステルス化した彼はそのような手段で必死で自分の存在認証を行なっていたわけだ。



川崎の無差別殺人容疑者である岩崎隆一がどのような人生の経路をたどったのか。
誰もが目の前の友人や知人の顔を撮るこのスマホ時代に顔写真一枚出てこないわけだからネットに流布する彼の生活環境を鵜呑みにすることはできないが、ネトウヨ化したYと岩崎隆一とは一つの共通項がある。
それは社会から排除されステルス化した自分を一方はネットの中において他者を傷つける言葉の暴力によって自己承認を得、岩崎隆一は現実の路上で他者を傷つけることで自己承認を得ているということである。


冒頭で私が情報取得様式がかりに旧社会の様式であった場合、今回の川崎事件のようなことは起こらなかった可能性があるという言葉を吐いたのはそのことに関連している。


深川通り魔殺人事件と川崎通り魔殺人事件の中間に起きた通り魔殺人事件として加藤智大による秋葉原通り魔殺人事件が挙げられるが、彼が犯罪を犯したのは就労環境によって彼が排除されたこととなっている。
だがそれは犯罪を犯すきっかけであり、むしろ彼が日常的に埋没していたネット環境の中で自分の存在感を示し、合わせて自己承認を得ることを動機としたと私は思っている。


つまり加藤智大、あるいは私の知人の息子のYと同様、岩崎隆一もまたネットに埋没し、ネットの中で“社会”を築いてていた可能性がないとは言えないだろう。
そのような想定をもとにこの事件を考えるなら、リアルタイムで自らの行動(犯行)が彼の所属する“社会”へ、そして実社会に喧伝され、透明な自己が一気に巨大な存在感を得る、この自己承認のあり方こそ彼が求めていたものかも知れない。


その意味において深川と川崎の間には時代の乖離があり、深川はその存在の重さゆえの犯罪であり、川崎はその存在の軽さゆえの犯罪ということができる。



さらに言えば川崎事件の岩崎隆一は現場で自死をしているという深川と川崎との間には大きな違いがあるのだが、私はこの自死を拘束の屈辱から逃れるためではないかと考えている。


当然罪の意識によるものでもない。
それは世間一般の人々の感覚の理解の範疇にはないことだが、自死もまた彼の自己承認の究極の姿だったのではないかと私には思えるのである。


実存の極みとしての死である。

誤解を恐れずに言えばひょっとすると彼はその現場で他者を殺し、さらに自分を殺すことにエクスタシィを感じていた可能性もあるということだ。



事後ネットやメディアでは「死ぬなら一人で死ね」論争が巻き起こった。
この感情的な攻撃の言葉が、ネット社会で他者叩きに血道をあげる有象無象の言葉ならありうることとしても、一定の社会的常識を持ったワイドショーのアナウンサーまで同じ言葉を吐いていることに驚きを禁じ得ない。


つまり彼らは一人の人間に対して“死ね”という言葉を吐いているのだ。

 


その排除の究極の言葉としての“死ね”は、いじめの現場における究極の他者排除の言葉であり、その排除の論理によって岩崎隆一は誕生し、その排除感覚こそが再び岩崎隆一を再生産することとなる。
そんな健常者すら常軌を逸するという狂った社会を俯瞰しながら私は悪夢に似た想像を膨らませてしまった。


この川崎事件は元農水次官がヒキコモリの息子を殺すという連鎖殺人を生んでいるが、この死ぬなら一人で“死ね”という負の言霊に撃たれたこの日本に100万人(内閣府の調査では61万人)いるとされるヒキコモリの中の何人かが、いやひょっとすると思わぬほど多数の人間が実際にその言葉の凶器によって自死をしている可能性もないとは言えないということである。


仮に人知れずそういうことが起こったとすれば、つまり一人の立派な教育を受けたアナウンサーは柳刃包丁ではなく、その言葉の凶器によって(間接的に)岩崎隆一と同じく殺人を犯したことになる。


最後にこの論考は岩崎隆一の犯した犯行を擁護するものではない。
この犯罪は悪質な蛮行であり、論考は事件の構造を述べたまでである。


     

 

2019/04/01(Mon)

劇場化された新元号に関して。(Cat Walkより転載)

「令和」



ああそう、という感じである。

ただ文字としては座りが悪い。



書家としての船長は文字を見ると筆を取ったとき、真っ先にこの文字を書きたくなるかどうかということがまず頭をよぎるわけだが、この令和には揮毫したいという意欲をそそる魅力がまったくない。

それはこの人を見て写真に撮りたくなるかどうかと同じであり、令和には写真に撮りたい“姿”というものがないということである。



それにかりに揮毫したとして縦書きにしても横書きにしても“筋”が見えない。

筋とは例えば人間の背骨のような基本骨格であり、それがないからこの令和という文字は堂々と立っていないのである。

史実や古典から意味先行で拾ったいかにも日本人的頭でっかちな選びであり、頭で生きている首相から懇々と意味を言い聞かされるごとに鼻白む。






それに新元号に対する熱狂が過剰である。

元号であろうと人の名前であろうと名前が変われば確かに気分は変わるだろうが根本的な何かが変わるわけではない。



昭和天皇が崩御されて平成になる折は今回ほどの大騒ぎにはならなかった。

また平成新元号の折は小渕長官が「平成」書を掲げるわけだが当時の竹下総理は今日の安倍総理のように大々的な会見を開くようなことはなく、囲みでコメントを求められ、それに淡々と答える程度のことだった。



それから見てもこの安倍総理の舞い上がりぶりは、内閣支持率が一つの人気の指標となった今日、新元号に便乗しての人気取りの恣意が透けて見える。







だが平成元号の発表時と新しい元号である令和の発表時の今、それとこれの何が異なるかというと、平成においては未曾有の災害である東日本大震災と福島原発事故を経験したということだ。

もともと農耕民族であり、自然崇拝のDNAを持つ日本人にとってこの大災害は心の深層に深い傷跡を残し、いまだにその傷は癒えていない。

また戦後復興と高度成長の牽引となった原発エネルギーが崩壊したことも先進国としての自信を失わしめるに十分な出来事だった。



この巨大災害と事故はその後何をもたらしたというと災害事故によって発症する被害妄想から来る居直りめいた日本賛美と右傾化である。



日本はこんなに美しく素晴らしい。



外国人はこんなに日本を賛美している。



震災以降、テレビをはじめとする様々なメディアで日本賛美番組や記事がゾッとするほど増えたことは皆さんもご承知の通りである。

これはこのたび国連がまとめた世界の国々の幸福度ランキングの日本58位とは大きく乖離しており、特に寛容度、自由度の面で評価度が低かったのは安倍政権の姿とぴったりと重なり合う。







新元号令和はそういった大震災や原発災害で自信を失い、その反動としての日本賛美や一部の過激な右傾化の排出した時代背景の中で発表されたということだ。

この過剰な熱狂もまた私には平成時代に発症したひとつの精神的外傷の発露のように受け取れるのである。



因みにこの元号というものは一つの時代の名称であり、あまねく国民が偏った意識を持つことなくその名称の下で暮らすわけだが、ここのところの日本賛美と右傾化というものを反映してか一部のシーンで考え違いをしている風景が垣間見え気持ちが悪い。

その象徴が元号に関する有識者懇談会のメンバーである宮崎緑さんの出で立ちだ。



彼女は確か元NHKのアナウンサーだったと思うがいつの間にかこういった政府関係の会合の度々顔を出し、それ自体は別に取りざたすべきものではないが今回の懇談会で着てきた衣装が昨今の右傾化と日本回帰的な風景丸出しの巫女さんのような出で立ちで非常にグロテスクである。



また先ほどNHKの特番を見ていると安倍政権と蜜月関係にあるNHK解説委員の岩田明子がなぜか顔を出していた。

こういったグロテスクでさえある右傾化と私たちが日常的に共有する時代名称とは全く無縁でなくてはならないということを心に留め置かなくてはならないだろう。



付け加えるなら平成の書を持った小渕には若干天然が入っており、それはそれなりに様になっていたが、令和の書を持つ人物があまりにも陰々滅々として暗すぎる。

作り笑みも嘘くさい。

何か行き先が暗くなるような菅にこれからの時代を担う書をなぜ持たせるのか。



別に政府関係のむさ苦しいオヤジが書を持たなくてはならないという決まりがあるわけではないから私がディレクションするならローラちゃんとかりゅうちぇる君なんかに書を持たせる。



こっちの方が絵として映えるし、ずっと未来が明るく感じられる。

     

 

2019/02/20(Wed)

自虐テロリズムとしての不適切動画。

10年前のことだが、仕事関係でやってきた民放のテレビの女性ディレクター(当時20代)と四方山話をしていて少しショッキングな話が出た。



彼女が10代の時にファストフード店でアルバイトをしているとき、嫌な客がいた。そこで彼女は厨房から盆を運ぶとき注文を受けたポタージュスープに唾を入れてテーブルに出したというのである。



彼女は笑い話に軽く言ったつもりらしかったが、教養のある彼女がそのような行いをしているということに多少のショックを受けた。

その時は顔には出さず、そのまま仕事上の付き合いは続いたが、その女性のことを思うと記憶に刺さった小さなトゲのようにそのことを思い出すのである。

女性の行いは特殊なものと思いたかったが、その一件を知ってこのような行いはあんがい人知れず行われているのではないかとの思いを抱くようにもなった。







このたび不適切動画なるレストランの厨房での食品を汚す悪ふざけ動画が流されたとき、真っ先に思い出したのはそのことだった。

だが彼女の行為と今回の件とは異なる部分がある。



それはターゲットが違うということだ。彼女のターゲットは客である。だが今回の動画の青年(あるいは少年)のターゲットは客ではない。

いやおそらく彼らは自分の行なっている行為は単なる悪ふざけに過ぎず、ターゲットがあるということは意識の中にないのかも知れない。だが不規則行為というものには必ず動機があり、そこに動機があるとすればそれはおそらく彼らが携わる労働の虚しさと、虚しい労働に日々勤しまねばならない自虐ではないかと私には思われるのである。



今回不適切動画の現場になったのはセブンイレブン、ファミリーマート、すき家、くら寿司、ビッグエコー、バーミヤン、大戸屋、などだが、いずれもそこに共通するのはチエーン店であるということだ。



チエーン店と聞けば各店舗共通の細密なマニュアルがあり、そのマニュアル通りに人間が動かなければならない人間のロボット化が必須条件となる。



またもうひとつその虚しさを補強するものがある。

それはそこに人間関係が見えないということである。



当然そのような分散型の大きな組織ではもとより統括している人間の姿は見えない。

店舗によっては店長以下全員バイトか派遣社員というところもあり時には店長すら派遣社員ということもある。

つまりそれは集団生活に必要な人間の絆やトラストや情の関係が築かれていない虚無的集団であると言える。

さらには、人間の歴史においてかつてこのような虚無的集団は存在し得なかったとさえ言える。











加えて昨今の世の中の労働環境の劣悪さがこの虚しさに追い打ちをかける。

例えば日本とスケールの似た国のイギリスで一時期暮らしていた若者に聞くと政府で取り決めている労働賃金が日本円に換算して時給は1300円以上(違反した場合厳重な罰則がある)と高レベルであり、しかも向こうにはチップ制があるので若者の生活は結構潤っているそうだ。



だがこの日本では派遣労働者やバイトの賃金体系は低く、目一杯働いて月13万〜15万の稼ぎで何とか食い繋いでいるという事例は枚挙にいとまがない。

ちなみに大戸屋の時給は850円程度、労働のための私用の靴持ち込みは禁止で配給される靴は買い取らねばならず、給料から天引き、交通費は一日500円で超過した場合は自腹。朝礼のために15分前に集合だがこの15分間はスキャンの対象ではないなど、薄給の上理不尽な出費を負わされている。



今回の動画は24時間で自動削除されるインスタグラムのストーリーを使っており、フェイスブックと同じく限られた仲間同士で視聴する仕組みになっている。

そこではおそらく虚無的労働を低賃金で働かざるを得ない現代の典型的な貧困青少年のクラスター(房)が存在し、そのクライアントをあざ笑うような跳ね上がり分子の投稿動画を見て互いに傷を舐め合うように面白がる自閉集団が目に見えるようだ。



つまり以上のようなことを考えると、この不適切動画というのはいかにも日本的事件(現象)であり「働き方改革」という美名の元、大企業優遇と若者の奴隷化に邁進する、すぐれて安倍政権下的現象(事件)とも言えるわけであり、こう言った為政が続く限り今後さらにエスカレートした自虐的テロリズムが起きうる可能性もあるだろう。






     

 

2018/10/31(Wed)

焼き肉ご馳走にあたいする青年だった。(CAT WALKより転載)

昨日、私のアトリエに一人の中年と一人の青年が来た。

マンションの名義変更のためにこれまで何度か顔を合わせている不動産業者である。

昨日はその仕事の閉めということで完成した書類を持参した。

青年はこの仕事の実務担当で、ひとりはその上司。

こういった簡単な仕事は担当者一人で十分だが、上司は仕事の終わりに際して挨拶に来た。



書類を受け取り、しばしの四方山話になったとき、不動産の仕事が昨今IT化され現地を案内するようなことが少なくなったという話が出た。

現場を写した立体動画を収録したゴーグルを客に渡すことが多く、仕事が味気なくなったというのである。その不満が30代の若い者の方から出たのが意外だった。

この一家言あるらしい青年は私が世界を歩いた物書きということで聞いてみたいことがある風で話題はトランプや北朝鮮の話になった。

青年は中国や北朝鮮は危ないので日本も軍備をちゃんとする方がいいとも言った。



青年は昨今ありがちな体制順応型の少々右っぽい感じのする青年だが、以前このトークで出てきた福島第一原発事故がどのようなことかすら知らなかった工務店勤めの「カーテン青年」に比べると、世の中のことに関心を持っているだけましだった。

そういった国際政治の話の流れで話題は自然と昨今タレントも巻き込んで展開されている安田純平解放に絡む自己責任の話に及んだ。



青年は世の中のアベレージな考えを持っているようで自分たちの収めた税金が人質解放に使われることに釈然としないという。

そこで話をわかりやすく持って行くために私は大使館の話をした。



「世界各国に大使館があるだろ。

当然あれも君が収めている税金で運営されているわけだが、大使館というのはその国との実務的橋渡しもしているが、もう一つの役割は、その大使館の置かれている国の情報収集なんだ。

むしろこちらの役割の方が大きいかもしれない。

世界各国の現場から送られてくる生な情報は外交に生かされるとともにその国の経済活動の指針にもなるわけだ。

だがそういった情報収集の出来ない国というのがある。

今話題になっているシリアがそうだね。

日本は紛争が激化してきたということでシリアの日本大使館を2012年に閉鎖しているんだ」



「へえ大使館のない国があるんですか」



「そうだよ。シリアでは日本は情報収集の手段を完全に失っているわけだ。

当然大使館のみじゃなく、情報取得を専門とする新聞雑誌テレビなどのマスメディアも昔と違って昨今は安全管理が優先され、このような紛争地に入って報道というのはまずなくなり情報の空白地帯ができあがる。

そんな国に安田純平は入っているわけだ。



君たちは知らないが、こういったフリーのジャーナリストの発信する情報は自分たちが知り得ない情報も含まれていたりするから外務省はひとつの実務として集めている。国際情報官室という諜報部署がこれにあたるんだね。

ましてや大使館を閉鎖して完全に情報の空白地帯となったシリアなどの情報は非常に貴重だ。中東が石油産出のメッカということもあり、どんな情報でも喉から手が出るほど欲しい。

外務省は表向きは紛争地には行くなと言いながら、そこに赴いた者の発信する情報はちゃっかり収集しているということだね。



以前シリア政府軍が毒ガス兵器を使ったのではないかという国際的非難が起きたが、かりに現地に入っているフリーのジャーナリストがその証拠を掴んだりなんかすると国際情勢は一変するというようなことも起こりうる。彼らはそういう意味で国際情勢のキャスティングボードを握る場合もありうる。



そういう意味では命知らずで現地に入り込んでいるジャーナリストのもたらす情報というのは貴重だし、結果的に国益にも寄与することになる。君の税金がジャーナリスト解放に使われたとしても彼らのもたらす情報は時には日本経済運営にも寄与しているわけだから無駄ではないということだ」



「だけど彼らはそもそも日本の国益のためにシリアに入ったわけじゃないですよね」



「そうだね。結果的に国益に寄与しているかも知れないということだ」



「それなら彼らのために税金は使う必要はないと思うんですけど」



「確かに日々利潤追求のために働いている君のその考えは一面正しいかも知れない。

だがひとつだけ君が見落としていることがある」



「何ですか」



「社の利益になるか、国の利益になるか、ということが評価となる世界を君は生きているわけだが、世の中には異なった価値で動いている人もいるということだ」



「どういう利益ですか」



「人益だね」



「……?」



「人類益という言い方も出来るかも知れない。

今回の安田純平解放問題に絡んで学者から弁護士からタレントまでからんで色々な意見が飛び交っているが、アメリカで野球をやっている君より若いダルビッシュが一番明快なことを言った。

彼は危険な地域に行って拘束されたのなら自業自得だ!と言っている人たちにはルワンダで起きたことを勉強してみてください。

誰も来ないとどうなるかということがよくわかります、と言ったんだ。



彼は94年にフワンダで起きた100万人にも及ぶという大虐殺のことを言っているわけだ。その映画を見たらしい。

あの国ではジャーナリストも虐殺され、誰もその国に入らなくなり、そう言った中で凄惨な殺戮が起こった、そのことをダルビッシュは言っているわけだ。

いかにも海外でもまれた青年の意見だね。

世界でもまれているサッカー選手の本田圭祐も安田を擁護している。

反対に自己責任を声高に言う人間は自分の国に自閉した者が多いのが面白い。



そのダルビッシュが取り上げたルワンダのようなことがシリアでも起きないわけじゃない。ルアンダ同様情報が閉ざされているためそこで何が起こってもわかならい。



つまりこういったジェノサイドを報道することは国益などというちっぽけなものではなく、この地球に生きるすべての人のための人益なんだね。

そういう考えのもとで命を張っている人間もいるということを君たちのような者は知る必要がある」



「だけど自分はシリアで人が殺されようとルワンダで人が殺されようと何か知ったことじゃないというか、あまり身にはつまされないというか」



私に対する反発がそのような言葉を吐かせるのか、それが青年の本音であるのか釈然としないまま、私はその言葉に怒りを覚え、ついお前と言った。



「お前のようなヤツがいるから世の中が腐っていくんだ。お前、恋人はいるんかい?」



「いますよ」



「何て言う名前?」



「◉◉です」



「◉◉ちゃん料理は上手?」



「最近はふぁふぁのオムレツに凝っていて、すごく美味しいです」



「おめでたいことだな。

君が彼女のアパートに行って彼女が作ったそのふぁふぁのオムレツを二人で食いながらテレビでバライティ番組を見ている最中にだな」

「はい」

「とつぜんドアを蹴破って入った来た自動小銃を持った複数の大男が、いきなりお前に銃を突きつけ、お前の目の前で◉◉ちゃんを輪姦してだね。

そのあげく彼女の肛門に自動小銃の銃身を突っ込んでダダダッと弾をぶっ放したらどうする」



「やめてくださいよ、そんな話」



「やめない。これはモンゴルで実際にあった話なんだ。それ以上にここでは口に出来ないような凄惨な話もたくさん記録されている」



「そんな残酷なこと、誰がやったんですか」



「中国の漢民族だ」



「やっぱり危ないじゃないですか、中国というのは」



「うん、そこはちょっと一致しているかも知れないな。中国は確かに危ない。

モンゴル人の虐殺だけじゃなく、チベット人を大虐殺して傀儡国家を建てている件でもそうだが、今は新疆ウイグル地区で報道管制を引いて100万人もの政治犯と言われる者たちを強制収容して日々拷問をしている。君もいつまでもふぁふぁのオムレッツを彼女と一緒に食べられると思ったら大間違いなんだ」



「どういうことですか?」



「俺は右翼でも左翼でもないんだけど、かりに日本と中国の間に戦争が起こり敗戦した場合、日本のチベット化、ウイグル化はまったく起こりえないことではないと思っている。

つまり君が彼女と一緒にオムレッツを食っている最中にあの目を覆うような凄惨なことが起こるのというのは、まったく荒唐無稽な話でもないということだね。



中国はチベットでナチスがユダヤ人を殺した以上の人間を虐殺しているわけだが、かりに日本でそういうことが起こっている最中にだな、

たとえばどこかの国の青年ジャーナリストが日本に潜伏してその状況を世界に発信し伝えようとする。

自分の彼女を輪姦の上虐殺された君はその青年のことをどう思う?」



「……」



「かりにその青年が中国当局につかまり、運良く外交交渉の末帰国が叶ったとする。

だがその青年は自国に帰るなり自己責任のバッシングの嵐に遭い、つるし上げられる。

君はそのことをどう思う?」



「……」



「つまりなだ、君は今そういう人益のために命を張った青年を国益に反するということでバッシングに荷担しょうとしている心の狭い人間ということだ。

今この日本ではそういう馬鹿者が雨後の竹の子のように気持ち悪いほどうようよしているということだな」



黙って聞いている上司は時間のことを気にしている風で「◉君やっぱり先生の話はちゃんと聞くとためになるよね」とつまらないおべんちゃらを使う。



だが少々とんがった青年は案外素直なところを見せ「いまのような自分のこととして話を聞くとなんとなくわかったというか、そういうことは思っていなかったのでためになりました」と言った。



私は今度焼き肉をごちそうするよと言って別れた。

自分の話を納得してくれたからではない。

こういった一介の会社勤めの青年が少々偏った考えであっても世の中や世界情勢に興味を持っていたことが嬉しかったのである。



     

 

2018/10/29(Mon)

狂った時代感覚は自分で飲み込め。それを他者に押しつけてはいけない。

「フリージャーナリストっていうのは現地へ行って記事を書いて、それを出版社に売って儲けるわけでしょ?戦場カメラマンと同じで、危険を冒してもいい写真を撮りたいわけじゃん。仕事のために危険を冒すのはリスクだから、それに政府がお金を出したのかどうかはわからないけど…どうなんだろうね」



ビートたけしの時代感覚がここまでずれているとは思わなかった。



60年前のベトナム戦争時じゃあるまいし、今どきジャーナリストが戦場に行って本を書き、それで”儲ける”というようなノーテンキな話はありえない。

写真もしかりである。

ピューリッツァー賞なんてすでに有名無実。

アメリカと同じく自国主義で内向化したこの日本では他国の戦場でネタを拾ってきてもテレビも雑誌も興味を示さず、ジリ貧の出版社は出版さえためらう時代なのである。

かりに出版に漕ぎつけてもせいぜい初版3、000部の世界であり、つまり数年の働きの結果が印税45万円。

再版ナシが普通。

これでは莫大な取材費の足しにもならない。



年収20億、3億のブガッティシロンを乗り回すのはまことにご立派の限りだが、自分の狂った金銭感覚を地を這うようにして生きているジャーナリストにまで押しつけるのはよした方がいい。

     

 

2018/09/19(Wed)

諦観のやすらぎの中で逝く。(Cat Walkより転載)

同じ釜の飯を食った者が逝ったとの思いがしなくもない。
樹木希林は1943年1月生まれ。
船長より1歳年上だがほぼ同年代と見て良いだろう。
戦火の中で親が情交して生まれた40年代の前半に生まれた世代はいたって数が少ない。

戦争が終わった45年の平和時に種付けられ、46年以降に生まれたいわゆる団塊の世代は44年以前の世代に較べると圧倒的に数が多い。
樹木と私の世代はちょっと不埒(ふらち)なところがあり、頑固で群れることが嫌いと、それ以降の世代とはわずか数年の差だが大変異なる。
そういう意味で彼女は極めて戦時生まれ的性格を所有しているということだろう。
同じ釜の飯を食ったとはそういうことだ。

いつだったかそんな彼女が私の目の前に不意に現れたことがある。
円卓が会場の方々にあり、出席者が着席していたから何かゆかりの者の結婚式だったかも知れない。
その円卓に座っていると、隣の円卓から一人の女性がトコトコと歩き、私の前に立って腰を低くし「はじめまして樹木希林と申します。いろいろ読まさせていただいております」と言った。
残念ながら私がその時どんな受け答えをしたのかさっぱり記憶から飛んでいる。

彼女とはそれっきり縁がない。
だが何年か前に映画「おくりびと」でアカデミー賞を取ったおりにその映画の主演をつとめた樹木希林の娘婿の本木雅弘君が私に連絡を取って来たことがある。

その折の経緯も詳しくは覚えてはいないが「おくりびと」の発想は本木君がかねがね読んでいた「メメント・モリ」が起点となっていて、その脚本制作時に青木新門さんの「納棺夫日記」も参考にした。

そんな縁があり、彼が私に対談を申し込んで来たということだろう。
その対談は房総の海際のアトリエで行い、浜辺で写真を撮った。

その別れ際に携帯番号を交わしたが、その番号を書いた紙を紛失したので、以降樹木希林と同様、本木君とも親交を交わす機会がなかった。

だが何年か前のことだがテレビで樹木希林が今年の言葉を求められ「漏」という言葉を色紙に書いているのを見て、ひょっとしたら彼女はまだ私のことをフォローしているのかなと思った。
というのは「諸行無常」のおり、奈良の神社で今年の言葉として「漏」という書を揮毫し、それを週刊誌に発表していたからである。

そして今回、樹木希林が逝き、その後の彼女が残した死への諦観とも受け取れる言葉の数々を知って思うことは実はこの「メメント・モリ」は私の本の読者でもあった樹木希林が娘婿の本木君に伝えたのではないかということである。

その本木君はこの本を起点に素晴らしい仕事をし、樹木希林は自からの死を賭してある意味でメメント・モリを越えたとも言える。

見事な死だったと、そう思わざるを得ない。

合掌




「朝日の当たる家」(Cat Walkより転載)


1966年に日本武道館で行われたザ・ビートルズの日本公演は今では伝説になっているが、船長はこの公演に居合わせたラッキーな日本人のひとりである。
だが私がとくだんビートルズのファンだったというわけではない。
当時ビートルズは全世界が騒がれていたが、街でチンピラ稼業をやっていた私にとっては対岸の火事でどうでもいいことだった。

そんな街の馬の骨のような青年に思わぬ話が舞い込んで来た。
ある組の幹部が絶対に手に入らないというザ・ビートルズの日本公演のチケットを10枚も手に入れたのだ。今も大差はないが、やはりこの世界ではヤクザ組織が関わっているということだ。
そのチケットを兄貴分と一緒に武道館に行って売ってこいと6枚渡された。

確か額面は2、000円くらいだったと思う。
当時としてはなかなかの額である。
10倍の2万円くらいで売ってこいと言われた。
水増し分売り上げの二割をくれるということだったから大喜びだった。

だが兄貴分と勇んで武道館の方に行ってみて驚いた。
地下鉄の神保町から武道館までの道筋にずらりとダブ屋が居並び、通行人に声をかけているではないか。
客を拾うのが大変だった。

結果的に4枚売れたが確か2倍の4〜5千円くらいだったと思う。
公演時間が近づき焦った。

だがとうとう2枚チケットが余ってしまった。
親方のどなり顔が浮かんだ。

「どうする、これ?」

兄貴分が余ったチケットを手に言った。

「公演が終わったらただの紙切れですら、自分たちで見るしかないんじゃいですか」

私はそう答えた。

「ただ半券しか持って帰らなかったら、チケット代払わされるかも知れないぞ」

「そうだとしても紙くずになるより、見た方がいいと思います」



そのような経緯で私は伝説のビートルズ日本公演を見ることになったわけである。

シートは上階のステージから遠いとことだった。

壇上に司会が出て来て「ああしてはいけない、こうしてはいけない」とさまざまな注意をたれてうざかった。
司会が下がり、いよいよビートルズが現れるかと思ったら、日本人タレントが次から次に出て来て演奏したが音響が悪いためただの騒音にしか聞こえなかった。
日本人タレントが下がり、いいよいよビートルズが現れると開場は熱狂の嵐で歌はぜんぜん聞こえなかった。

隣のシートを見ると兄貴分は眠っていた。

公演はあっと言う間に終わった。



樹木希林の死を知ったあと、私はふとこのビートルズ日本公演のことを思い出した。
のちにこのビートルズ日本公演の前座をつとめた日本人ミュージシャンの中に樹木希林の夫の内田裕也がいたことを知ったからである。
いろいろと探すと以下のようにビートルズ日本公演の前座公演の記録があった。

https://www.youtube.com/watch?v=fQPKSbHoTYk

樹木希林はこのうら若き内田裕也に惚れたのだ。
内田裕也と言えばこれといったヒット曲はない。
だが樹木希林は内田裕也の歌うある曲に惚れたということを樹木の死後に知った。

1964年にリリースされたアニマルズの曲「朝日の当たる家」である。

私はユーチューブを開き、その内田裕也の歌う「朝日の当たる家」を聴いてみた。

なかなかいい。

若き頃歌った「朝日の当たる家」、年老いて歌った「朝日の当たる家」

そのどちらもが良かった。

https://www.youtube.com/watch?v=kwOA2WQgaNM
若い日の「朝日の当たる家」。

https://www.youtube.com/watch?v=H6LCNRlnK2o
年老いた「朝日の当たる家」。

この歌を聴くと樹木希林が内田に惚れたのもうなづける。




だが樹木希林その歌から読み取れなかったものがあるかも知れない。

「朝日の当たる家」ギャンブラーの歌である。
スーツケースひとつ持ってニューオルリンズを彷徨う酒びたりでギャンブルに溺れた男。
そんな男に惚れた女性の悲しい歌だ。

内田裕也がその歌の主人公そのものであったかどうかはわからない。
だが彼は家庭というものを嫌い、家を飛び出した。
樹木希林はそれを許した。

だがいかに豪毅な女性でも女性は女性である。

どこかに淋しさとストレスを抱え込んでいたに違いない。

あるいはそれが早死にという結果に結びついたのかも知れない。

私は武道館の前座に出ている若き内田裕也の映像を音を消して何度も見た。

そこには、そのステージをボンヤリと見ている22歳のチンピラの姿も映り込んでいるような気がする。

     

 

2018/08/18(Sat)

記載漏れの件。

すでにこれは私のサイトCAT WALKで記述していることだが、記述漏れがあるので今回の件につき以下の文言を付け加える。




それは尾畠さんが現場に到達した時間のことである。


報道によるとはじめのころは20分、その後30分と報道されているが、この時間の間尺はおそらく時計で計っているわけでもなかろう尾畠さんのアバウトな時間感覚をもとにしている。


私が20分の報道内容をとったのは尾畠さんはもう少し短い時間で現場に到達していたのではないかとの思いがあったからだ。


人の歩く速度は1時間4キロメートル。

つまり1分66メートル。

祖父宅から現場までの距離が580メートル(560メートルとの報道もある)。

ということは単純計算すると580メートルを歩くには8.7分で足りることになる。


尾畠さんは78歳の今も日々8000メートルのランニングを行っており、山登りのエキスパートでもあるから、荒れているとは言えすでに山道のある登りは朝飯前だろう。


ましてやとりやまとカラスの鳴き声をめざし、一刻を争いながらターゲットに向かったとするなら急ぎ足だったということも考えられる。

ひょっとしたら彼は10分以内、あるいは6〜7分で現場に到達したということも想定内に置いてもよいだろう。

あくまでこの計算は私の憶測だが、かりにその憶測が当たっているとすれば尾畠さんはなぜ20分、30分と申告したのか。

その真意は不明である。

ひょっとしたら時間感覚にきわめてアバウトな方のかも知れないとも思う。

     

 

2018/08/16(Thu)

理稀ちゃん救出劇雑感。(Catwalkより転載)

青年の一連の殺人、幼児虐待、降雨による大規模災害、猛暑、熱中症死、翁長雄志さんの死(これは安倍政権が殺したようなものだ)、安倍三選の雲行き。



盆休み前後は芳しくないニュースのてんこ盛りで、聞こえて来るセミの声さえ鬱陶しく感じる日々だったが、大島町で行方不明になった二歳児の理稀ちゃんが大分からやって来た尾畠春夫さん(78歳)に救助された一件はすべての曇りを取り払うがごとき快挙だった。



世間では感動と賞賛が渦巻き、今朝のテレビ番組では尾畠さんのご自宅まで取材が入り各局順番待ちの状況だ。

例によってネットでは神という言葉が飛び交う。

それほど日本全体が滅入っていたということだろうが、私はこの救出劇の過程には少々異なった見方をしている。











ご承知のように理稀ちゃんが救助されてのち、尾畠さんはさまざまなインタビューに答え、囲みの記者会見もした。

そのおり彼が発見に至る第一の手がかりとして上げたものは「子供はここ(前太股)を使って上に上に上がる習性がある。下には絶対に行かない」というものである。

確かにその子供の習性に関する観相は当たっているかも知れない。

「山登り」という単語があり「山下り」という単語が存在しないように、上へ上へと登り、天に近づくという快感は子供に限らずあまねく人に備わった人間の習性であり、子供はさらにその習性に従順だと言えるだろう。



ただし思うに尾畠さんのその理屈は合っていたとしてもその上に登る”子供の習性”のみを手がかりに捜索をするというのはきわめて大ざっぱな方向付けに過ぎす、そのような大ざっぱな方向付けでわずか20分で理稀ちゃんを発見したとすれば、そこで奇跡が起こらない限り今回の救出劇はなかったと言える。

また150人体勢の捜索隊も必ずしも祖父宅から下のみを捜索したわけでもあるまい。



ということは尾畠さんに限ってそこに奇跡が起きたわけであり、ネットで神通力とか聖者とか神とか言われる所以だが、私は理稀ちゃんは尾畠さんの手によって見つかるべくして見つけ出された形跡があると思っている。



私は今回の幼児失踪に関し、このような島では起きえないことであり、不思議の感を抱くとともにその命を念じつつニュースを追っていたのだが、無事救出後各番組で報道された尾畠さんの会見やそれに続く個別のインタビューのずっと前、実は尾畠さんは理稀ちゃん発見直後に少数の記者に囲まれ即席の談話をしている。

その時、以降の記者会見の席やインタビューでは出なかった言葉がある。











彼は(出立のとき)「カラスがカーカーうるそう鳴くもんじゃけ」と口走ったのである。

そして彼はカラスという単語を口走ったとき、こういう言い方はしたくないが、というような素振りを見せ、それ以上は話さず、例の子供は上に上に行く習性があるという話に切り替えた。

そのとき記者たちはその「カラス」という言葉を完全にスルーした。

尾畠さんが口にしたカラスの意味がわからなかったからである。

だが私はこのカラスこそ今回の奇跡とも言える救出劇の隠れた立役者だと直感した。



ご承知のように今回の捜索は150人体勢の捜索隊が三日間捜索したが見つからなかった。

そんな中、尾畠さんは出立からわずか20分で580メートル先の理稀ちゃんの居る場所にピンポイントで到達している。

つまり彼は迷うことなく”その場所”に直行しているということだ。



彼はこれまでの経歴から自然を知り尽くし、優れた直感力を持った人だと思う。だがいくら彼が人の行動観相や自然観相に優れている人間だからと言って、子供は上に行く習性がある”という観相のみでピンポイントの場所に直行できるとは思えない。



つまり尾畠さんの「カラスがカーカーうるそう鳴くもんじゃけ」という言葉は一見そのあたりでカラスがカーカー鳴いているという風に受け取られがちだが、私個人は尾畠さんは580メートル先上空にとりやま”を見たのではないかと思う。



このとりやま(鳥山)は海にも立つが陸や山にも立つ。

そしてそのとりやまの下には獲物があるということだ。

その獲物は生きている場合もあり死んでいる場合もある。

ちなみに東日本大震災の現場では陸地に多くのとりやまが立った。

その下に溺死体があったからだ。

とくにカラスのような物見高い鳥は何か下界で異変があると騒ぎ立てる習性がある。

これは日常的に死体が転がっているインドにおいても同じことである。











尾畠さんがカラスと口走ってその直後不吉なことを言ってしまったかのように口を噤んだのは、多くの人がそう懸念していたようにひょっとしたら何らかの事故で理稀ちゃんは死んでいるのかも知れないというもうひとつの彼の中の想定があったからだろう。

つまり理稀ちゃんが行き倒れしていた場合、肉食のカラスは上空からそれを見つけ、虎視眈々と狙いをつけるということである。

かりに死なない場合でも2歳児のような小さな子供は捕食の対象となり、弱るのを待っているということもあるだろう。

ちなみに私の住む房総においてもこのカラスの振る舞いは人の死を予見するという言い伝えがある。

つまり普段カラスが飛ばぬような上空に円を描くようにカラスが群れ飛ぶとその真下の家の誰かが死んでいるか、あるは死に行く人がいるということを鋭敏に感じとっているというわけである。



尾畠さんはおそらくその不吉なカラスのとりやまを遠くに発見してピンポイントでそのとりやまの下に向かった。

私はそう考える。

その後の報道では現場に至るには幾つかの分かれ道があり、尾畠さんは迷うことなく行くべき道を選んでいる。

そのとりやまは理稀ちゃんが帰省していた祖父宅から東北に約580メートル。

私が釣りの時にいつも行っている海におけるとりやまの見立ては2キロ先まで効くので580メートルはとりやまの見立てとしてはカラスの鳴き声も聞こえる至近距離と言えるだろう。



20分の奇跡はかくして起こった。











その後、尾畠さんは記者会見や個別インタビューではこのカラスの鳴き声のことには一切触れなていない。

それは彼が隠しているというより、この話は理稀ちゃんの死を想定した不吉な話だからである。

そこに尾畠さんの他者への思いやりが出ているとも言える。

そしてまた今回の奇跡の救出劇にそのような隠された事実があったとしても尾畠さんの快挙に微塵も汚点が生じるものではない。



そしてそれ以上に今回の一件は助けたいという「念」の勝利でもある。

その「念」がとりやまを呼び込んだ

そのようにも考えられる。

その念とは愛に通ずる。

お盆を返上して捜索に汗かいた若者には頭の下がる思いだが、彼らにその念の強度があればとりやまも見えたかも知れないのである。

     

 

2018/07/11(Wed)

麻原の遺骨を巡る争いの内実。(Catwalkより転載)

仏陀の死後、荼毘に付された遺骨はその所有を巡って争いが起こった。



釈迦が入滅した地であるクシナガラ(ネパールに近い)はその遺骨の占有を主張し、仏教徒の多い地域との遺骨所有争いが起こったのである。



その結果、遺骨は8等分され、残った灰を含めて10等分され、仏教のゆかりのある地域に分配され仏舎利塔が建てられることになる。



さらにその200年後、仏教徒のマウリヤ王朝のアショーカ王は7カ所の仏舎利を発掘し、細かく粉砕して8万余の寺院に配った。

日本書紀によると日本の法興寺にこの折の粉砕骨があるという。











以上の仏陀の遺骨の扱いは何を意味するかというとインドにおいて聖者とは、その死後インドの最高の世界であるアートマン(宇宙)と一体化した不変の神の領域に至るということだ。



つまり麻原彰晃の遺骨は、インドの習俗に習えば生体の麻原をさらに超えたご神体となるわけだ。



麻原の処刑後、麻原の遺骨を巡って4女松本聡香(ペンネーム)と妻松本知子側の3女松本麗華(アーチャリー)がその所有権を巡って争っているのは、単なる家族間の争いではなく、この神格化された遺骨の取り扱いを巡る争いでもある。

ご承知のように4女の松本聡香はオウム的なるものと決別し、妻知子と3女麗華はいまだ信仰を持つ。



麻原が処刑前に担当官に自分の遺骨は4女に引き渡すことを望んだというのは私の観測ではおそらく作り話である。

麻原は生前まったく精神浮揚状態にあり、死刑執行の時だけ正気に戻ったというのはあまりにも出来すぎた話である。



この出来すぎた話は何を意味するかというと、神格化される可柏ォのある麻原の遺骨は法務省(つまり政府)としては妻知子と3女麗華には渡すべきではないとアンダーコントロールしているということである。



4女側の立つ滝本弁護士が口角泡を飛ばして4女側の所有権を主張し、その骨を「パウダー化」し、海に散骨するので国は協力してほしいと訴えているのは、かねてよりオウムと争った彼は、オウム事件の最終収束を麻原の遺骨の神格化を食い止めるこのパウダー化の散骨にあると考えているからだ。



私は数回海に散骨をしているが、散骨は骨の形状を壊し、パウダーにしなくとも細かく裁断しなければならないことになっている。

滝本弁護士が「パウダー化」とことさら強調するのは、それは「無化」の意味が込められている。

かつて自身もオウムに命を狙われた彼は自身においても切実な問題でもあるわけだ。



かりにこの遺骨所有の争いが法廷に持ち込まれた場合、おそらく4女側が勝つ公算が大きいと見る。



昨今の日本においては強権を持つ現政権下において、三権分立というものは正常に機狽オていないように私には思われるからだ。



     

 

2018/07/11(Wed)

麻原の遺骨を巡る争いの内実。


仏陀の死後、荼毘に付された遺骨はその所有を巡って争いが起こった。



釈迦が入滅した地であるクシナガラ(ネパールに近い)はその遺骨の占有を主張し、仏教徒の多い地域との遺骨所有争いが起こったのである。



その結果、遺骨は8等分され、残った灰を含めて10等分され、仏教のゆかりのある地域に分配され仏舎利塔が建てられることになる。



さらにその200年後、仏教徒のマウリヤ王朝のアショーカ王は7カ所の仏舎利を発掘し、細かく粉砕して8万余の寺院に配った。

日本書紀によると日本の法興寺にこの折の粉砕骨があるという。











以上の仏陀の遺骨の扱いは何を意味するかというとインドにおいて聖者とは、その死後インドの最高の世界であるアートマン(宇宙)と一体化した不変の神の領域に至るということだ。



つまり麻原彰晃の遺骨は、インドの習俗に習えば生体の麻原をさらに超えたご神体となるわけだ。



麻原の処刑後、麻原の遺骨を巡って4女松本聡香(ペンネーム)と妻松本知子側の3女松本麗華(アーチャリー)がその所有権を巡って争っているのは、単なる家族間の争いではなく、この神格化された遺骨の取り扱いを巡る争いでもある。

ご承知のように4女の松本聡香はオウム的なるものと決別し、妻知子と3女麗華はいまだ信仰を持つ。



麻原が処刑前に担当官に自分の遺骨は4女に引き渡すことを望んだというのは私の観測ではおそらく作り話である。

麻原は生前まったく精神浮揚状態にあり、死刑執行の時だけ正気に戻ったというのはあまりにも出来すぎた話である。



この出来すぎた話は何を意味するかというと、神格化される可能性のある麻原の遺骨は法務省(つまり政府)としては妻知子と3女麗華には渡すべきではないとアンダーコントロールしているということである。



4女側の立つ滝本弁護士が口角泡を飛ばして4女側の所有権を主張し、その骨を「パウダー化」し、海に散骨するので国は協力してほしいと訴えているのは、かねてよりオウムと争った彼は、オウム事件の最終収束を麻原の遺骨の神格化を食い止めるこのパウダー化の散骨にあると考えているからだ。



私は数回海に散骨をしているが、散骨は骨の形状を壊し、パウダーにしなくとも細かく裁断しなければならないことになっている。

滝本弁護士が「パウダー化」とことさら強調するのは、それは「無化」の意味が込められている。

かつて自身もオウムに命を狙われた彼は自身においても切実な問題でもあるわけだ。



かりにこの遺骨所有の争いが法廷に持ち込まれた場合、おそらく4女側が勝つ公算が大きいと見る。



昨今の日本においては強権を持つ現政権下において、三権分立というものは正常に機能していないように私には思われるからだ。



     

 

2018/07/06(Fri)

麻原彰晃の死刑執行について(Catwalkより転載)。


突然の麻原彰晃をはじめオウム真理教死刑囚13名の内7名の死刑執行である。



私は現今上天皇が退位されることが決まって以降、オウム真理教の死刑囚の死刑執行が秒読みになったのではないかと思っていた。



この憶測には天皇と神道との関係を念頭に置かねばならない。

ヤマト言葉では普通の日常生活をケ(褻)と呼び、その日常生活が枯渇することケガレ(褻枯れ)と呼ぶ。

いわゆる穢れの語源である。



この穢れから脱出するには新たな神を迎える「祭」を必要とする。

この新たな神を迎える忌みの期間に私が沖ノ島で行ったような、悪を払拭し、身を清め、新たな生命力を復活させる禊(みそぎ)の儀式もある。



そしてこの忌みの期間が終わるといよいよ祭(ハレ)の世界に向かうわけである。

今も神道と深く結びつく、宮中儀礼の天皇即位の祭祀、大嘗祭もこのケガレからハレの世界に移行する象徴的な儀式である。



私が何を言っているかはすでにおわかりだろう。

日常生活が枯渇したケガレ世界の象徴であるオウム真理教の死刑囚たちはハレ(祭)である天皇即位の儀式、大嘗祭の前に精算する必要があるわけだ。

神道には死刑そのものがケガレという考え方もある。



そのケガレを新たな天皇のもとに成してはならない。



つまり今回の死刑執行は今上天皇の退位決定と新たな天皇の即位のその間隙においてなされたということである。



もともとこの野蛮な死刑制度は日本古来からある制度ではなく、中国から律令制度が輸入された時から制度化された(だが日本ではしばらく実行されなかった)ものであり、それが今の死刑制度に至るわけだ。



先進国ではアメリカのいくつかの州と日本しか行われていない死刑制度は特に先進国から非難を浴びており(大量に死刑執行が行われている中国は従って先進国ではない)、今回のように大量殺戮が行われたタイミングとワールドサッカーとは無縁ではないだろう。

というのはワールドサッカーは全世界的に炎上するイベントであり、この野蛮な行いを覆い隠すには恰好のスピンコントロール(逸らし)となるからだ。



当然この重要な決定には官邸も関わる。

ワールドサッカーにぶつけるとはいかにも策士安倍らしい。


     

 

2018/07/02(Mon)

ふたたび日本サッカーに触れる(Catwalkより転載)


昼時にはじまって先ほどまで月刊「ことば」という雑誌のインタビューがあった。

話の終わりの方で、インタビューの内容とは関係ないことですが、今回のワールドカップでの日本×ポルトガル戦の一件で藤原さんが写真を撮られるとするなら、どう言う場面を撮られますか、という質問があった。



私が即座に答えたのは(渋谷のスクランブル交差点でガキどもが騒いでいる場面はどうでもいいことで)換金がなされているスタジアム内のとくに日本がパス回しをしている最中に席を立ってゾロゾロと出口に向かっている観客(すでにこの場面では観客であることを辞めているわけだが)の表情を撮りたいな、と答えた。



私が何を言いたいかというと、今回のパス回し騒ぎにおいてはあるべき肝腎の視点が欠けているということである。



つまりこの試合はたとえばボクシングの試合と同じようにれっきとした興行(入場料をとって芸能、スポーツなどを見せること「大辞林」)であるということだ。

つまり開幕戦を省く(開幕戦は割高)グループリーグ戦が9、000円、決勝戦が99、000円となっており、人気の試合ではプレミアが付くからその10倍というチケット代も生まれると聞く。

さらに、たとえば日本から開催地のロシアまで行く(ほとんどの観客が海外から来ている)旅費などを加えると、実質数十万円のチケット代となるわけだ。



命を張った熱血試合を見ようとそんな高い興行代を支払い、目の前で八百長が展開された場合、怒りを覚えない方がかなり奇跡的にレア−な人間と言えるだろう。

スタジアムのほとんどの観客がブーインを発する中、その奇跡的レア−な人間が日本の応援団に多数いたということである。



このことが何を表しているかというと、今回の日本チームの振る舞いも日本人観客の振るまいも自分が金をもらって興行を行っている、金を払って試合を見ている、という意識が乏しいということである。



私を含め、ネットで事に言及している人間も、渋谷のスクランブル交差点で雄叫びを上げているガキども、あくまで外野席の住人であり、リアルな存在ではないのだ。



私はそういう意味では高いチケット代を払って試合を観戦し、親指を下に下げブーイングを行っていた日本の応援団の中の少数の若者(わざわざロシアまで行くのだから相当熱心な応援者なのだろう)こそ、いかなる海外メディアの批判を凌駕して今回の八百長試合のもっとも良き(ニュートラルな視点を持った信頼できる)判定者だと考えている。











さらに言うなら、世界数億人の観客の中のおそらく数十人に満たない極めてレアな彼らがブーイングをしたのは、日本選手に向かってだけではないと、試合の様子を見ながら思っていたことである。

相手側のポーランドもまたこのパス回しに加担していた。



私がこの試合を”八百長”とするのは、八百長というものは八百長相撲が表すように一人だけでは成立しないからだ。かりにパス回しの際、ポーランドが攻めに入っていたならこれは八百長ではなく、ひいき目に見て日本の試合引き延ばし戦術と言っても良いだろうが、相手側の(すでに2敗している)ポーランドもまた勝ちがこのまま温存できるならという態度でフラフラと夢遊病者のようにグランドをさまようばかりなのである。

驚くべきことに中には終わりの方で芝生の上に座って休む選手も居た。



こういう見苦しい状況をもっとも俯瞰的視点で眺めることが出来たのは、おそらく金を払ってスタジアムに居た観客ではないかと思う。

あのスタジアム内に響いたブーイングの嵐は、試合後半のもっとも盛り上がるべき場面で(とつぜん試合をしなくなった)日本選手のみならずポーランド選手にも向けられたものと考えるべきだろう。



因みにこの日本の行為に理解を示した海外メディアは投稿にあったように砂中に砂金を拾うがごとき(投稿はよくそういうのを見つけてきたと感心する)ものだったが、面白いことに日本のメディアに登場したサッカー関係者はおしなべて日本の戦術を褒め、私の知る限りこれを痛烈に批判する人間は見当たらなかった(いたら教えてほしい)。

それは多くのその種の人間がサッカー興行集団の中でお裾分けをあずかりながら口を濁しているからだろうし、今回の日本の試合を批判するということは自己否定にも繋がりかねないからだろう。

木村太郎(その昔ラジオ対談をしたことがある)などは今回の件を人種差別などと言っているが、かりにもそういった人種差別があるのならなおさらのこと後ろ指を指されないよう正々堂々と試合をすべきだったのである。











ところで大学までサッカー生活を送り、サッカーに詳しい甥に今回の件を訊くと、起こるべきして起こったことではないかという。

というのは今回のワールドサッカーから試合の差配に即時的演算の可能なコンピューターシステムを駆使してもよい、ということになったらしい。

今回のワールドサッカーの試合でかつてではありえない下克上のような大波乱が起きているのは、それにも一因があるとの見方だ。いかにも東大の法科を出ている彼らしい冷静な分析である。

つまり試合後半にボール回しをせよと判断を下したのは監督の西野朗以上にコンピューターシステムではないかというのだ。



同時試合を行っているコロンビア×セネガル戦の流れをこと細かにコンピューターにインプットし、後半の10分間にセネガルがゴールを割る率がかりに0,5パーセントとコンピューターがはじき出したとする。

おそらくそれはボール回しゴーサインとなるだろうということである。



これはすでにバレーボールにも応用されているコンピューターシステムだが、熱血サッカーにもコンピューターの冷血が注がれはじめたということである。



苦渋の決断。

英断。



日本びいきの日本では監督の西野朗を讃える声が多かったが、その”英断”の指導をした陰の監督がコンピューターシステムであったとするならこんなに淋しいことはない。



ひょっとするとあの試合後半に展開された芝生のグランド上の秋風がそよぐかのようなとりとめもない寂しさは、無異質なコンピューターの冷静な分析が反映した結果であるのかも知れないと思うわけである。



やはり写真(映像)はウソがつけない。



いずれにしてもこういった無機質な勝ち上がりかたをした日本がベルギーに勝とうと負けようと、何となくどうでもよくなったというのが船長の偽らざる心境である。





     

 

2018/06/20(Wed)

大阪震災とワールドカップ炎上の最中の火事場泥棒(Catwalkより転載)

昨今日本においてはとくに若者を中心に「気持ちよくなりたい症候群」が蔓延しており、サッカーワールドカップの第一戦格上のコロンビアに勝ちでもしたら、この宿病が爆発するとともに、ひごろの鬱憤のガス抜きにもなり、ますます若者の政治離れに拍車がかかるだろうと、懸念していたらヘンな奇跡が起こり勝ってしまった。

ワールドワイドにものを見ている船長としては前にも言ったように自国のみを応援するというスタンスはなく、今回は日本はこの日本独特の311以降の現象である「気持ちよくなりたい症候群」にカツを入れる意味においても負けた方がよいと思っていたが、勝ってしまい、日本国中に脳内から溢れ出たアドレナリンがドロドロと垂れ流れ、足の踏み場もない状況だ。

ただし日本がコロンビアに勝って喜んでいるのは、そういった罪もない一般市民のみではなく、例の加計学園の加計孝太郎だろう。

加計問題の当事者であるこの男は長らく野党に証人喚問の要求をされており、その間ずっと逃げまくって雲隠れしていたと思ったら、学園の開園式にはさすがに欠席するわけにはいかず、開園式では講堂の壇上で権威付けのために悪相の今治市長管良二とともに時代錯誤的なアカデミックドレスにトレンチャーキャップ(例のカトリック聖職者発祥の四角い帽子)を身に付け、まるで猿がアカデミックドレスを身につけている漫画のような様相を呈していたが、昨日唐突に会見を開いた。

いや唐突というのはその会見を受け取る側であり、加計はそういう姑息なタイミングを謀っていたわけである。

つまりワールドカップの日本第一戦で世間が燃え上がるのを見越して、ホテルの宴会場などの堂々とした場所ではなく、園内の一室でコソコソと突然会見を開き「会見を開いた」という既成事実を作るという挙に出たわけである。

180620.jpg

https://www.youtube.com/watch?v=8svqxB6rU7c

本来ならワールドカップの第一戦が終わった直後に会見を開く方がスピンコントロールとしては効果的なわけだが、彼が会見を早めたのはおそらく大阪震災で世間が騒然としはじめたからだろう。

大阪震災とワールドカップの第一戦の混乱と騒ぎは彼が会見を開き「報道されない」恰好の日だったわけだ。

しかも加計はその会見の発表を会見の2時間前にとつぜん発表するという姑息な操作をしている。

つまりそれは時間的にも中央のメディアは参加できず、地元のメディアしか参加できないということを示している。

案の定会見の席では地元のメディアがお花畑的質問をして終わりという思うつぼの結果である。



だが世間が許してはならないのは、ワールドカップをスピンコントロールに使うならまだしも、彼の一連のこの挙動が大阪震災という他者の不幸を踏み台にしているということだ。

ご承知のようにこの震災では8歳のいたいけな少女がブロック塀の下敷きとなり世間の涙を誘った。

そういった痛ましい災害をこれ幸いと踏み台にし、逃げの会見を打ったことはまるで火事場泥棒さながらである。

私は311の大震災の現場で、この他人の不幸な災害をこれ幸いに金品を盗みまくっている光景を目にしたが、有り体に言えば今回の加計の行動はそれと大差はないということだ。

案の定、加計の目論見は当たり、震災とワールドカップ騒ぎで彼の会見は影も形もない。

日本がコロンビアに勝って喜んでいるのは、一般市民のみではなく、加計孝太郎というのはそういう意味である。


     

 

2018/05/26(Sat)

冗談でなく自由にモノが言えなくなるわけだから関係大ありなのだ。



A記者は現在、大阪放送局の報道部の副部長だが、来月8日付で記者職を離れ、番組チェックなどを行う「考査室」へ異動する内々示が出されたという。(日刊ゲンダイ)




上記の記事の日付より相当早く、NHK大阪放送局のA記者が昨日の午後「考査室」に異動させられた。


この異動が「官邸忖度人事」かどうかという点に関しては目下取材中であり、この件に関しては今月中にはアップできるかと思う。


時間を要するはこういった問題に関しては噂や憶測をもとに書くべきではなく、正確な事実を把握した上で稿を起すべきと考えるからだ。


ちなみに前回のブログに対し、藤原新也はこういう問題には関係ないだろ、というネトウヨらしき御人のtweetがあるが、私はこれまでNCナインのインタビュー、原作ドラマ、ノンフィクション番組、など数多くのNHK番組に関係しており、今現在も長尺インタビュー番組のオファーがある。


言論封鎖などの抽象的なことではなく、冗談でなく自由にモノが言えなくなるわけだから関係大ありなのだ。


実際に出演したりしているのだからこういった問題を書くのはリスクが伴うのは当然だが、それは致し方ないだろう。

     

 

2018/05/24(Thu)

日大アメフト問題の陰で由々しき問題が進行している。(CatWalkより転載)

日大アメフト問題が炎上するその陰で、あるいはそれ以上に深刻な問題がひそかに進行している。

発端は5月17日付「日刊ゲンダイ」紙上の以下の記事である。

180524.jpg

要するに森友問題のスクープを出し、さらにこの問題に現在進行形で関わっているNHK記者のとつぜんの考査室への左遷。
これには何らかの大きな力が働いているのではないかとの憶測をもとに書かれた記事である。

もしこの記事に書かれていることが事実であるとするなら、言論統制事案とも考えられ、マスメディアのみならず私のように言葉を編む人間にとっても深刻な問題であり、さらに言えばメディアの言葉を享受している一般市民にとって、ある意味で日大アメフト問題以上に大きな問題であると言える。

そしてこの「日刊ゲンダイ」の記事はネットで拡散し、岩上安身氏、望月衣塑子氏、金子勝氏など著名なジャーナリストや学者などがフォローし、大きな問題に発展するかに見えた。
だが件の日大アメフト問題が恰好のスピンコントロールの役割を果たし、一連の動きに水を注す恰好となった。

ただし私個人は手放しで「日刊ゲンダイ」の記事に追随するのはいささか早計ではないかとの思いもなくはなかった。

というのは「日刊ゲンダイ」の記事は刺激的内容であるには違いないが、この記事の中の事実(ファクト)は「森友問題に関わっていたA記者が考査室に左遷される」のみであり、それが阿倍政権に対する忖度人事であるかのごとく書かれているのはあくまで憶測の領域を出ないからである。

そんな中、「日刊ゲンダイ」の記事が出て5日後の5月22日、この問題に関し、ニュートラルな視点で書かれた以下の元NHK記者の論考がYahoo!ニュースに出稿された。


「拡散される森友問題スクープ記者を“左遷” NHK「官邸忖度人事」の衝撃」は本当か?」
https://news.yahoo.co.jp/byline/tateiwayoichiro/20180522-00085498/




昨今このネット社会では右か左かの二者択一風景が広がっており、中庸を保つことが非常に難しい時代となっている。
そういう意味ではこの立岩陽一郎氏の書いた記事はニュートラルな視点で書かれているように見え、なかばテーマとの齟齬生じることなく読み進めることが出来たわけである。

だが記事を二度ほど読み直して、この記事に徐々に違和感を覚え始める。
というより大きな欠陥、あるいはごまかしがあることに気づいたと言った方がよいだろう。

彼は論考の中で以下のようになんらかの記事を書くにあたってファクトチェックがもっとも大事であるということを述べている。

「ファクト・チェックという取り組みがある。これは米国を中心に世界に広がっているもので、公職にある人間の発言や報道された事実について事実関係を検証する取り組みだ。このファクト・チェックのルールを適用してこの「日刊ゲンダイ」の記事を判断するなら、残念ながら、「事実の提示が不十分で、読者をミスリードする内容」としかならない」

正論である。

昨今ネット社会では極端な例ではコピペでそれなりの体裁の整った記事を書くことが可能であることと、紙媒体のように取材費が出ないため「現場に行く」「人に会う」と言ったファクト・チェックの基本をおろそかにする言説が跋扈し、言葉というものに信頼感がなくなってきている。

そういう意味では「日刊ゲンダイ」の記事にはファクト・チェックがなされておらず、またそれを受けての前記のジャーナリストや学者の言葉にもファクト・チェックがなされていないと彼が述べているのは客観的に間違いとは言えない。

だが今回の問題に関して私個人が掴んでいる事実確認(ファクト・チェック)に照らし合わせるなら立岩陽一郎氏の論考にはあきらかな欠陥があることが透けて見える。

以下がそれである。

この記事を読んだ人は、この記者を40代或いは30代の中堅記者だと思うだろう。「定年間際の社員が行く」部署に異動させられたのがおかしいというのが記事の肝だからだ。
これについてA記者が所属するNHK大阪放送局報道部員に確認した。
「A記者は50代の半ばです。50代半ばより、少し上かと思います」


私は二度読み直して彼の書く記事に違和感を感じたと言ったのは「これについてA記者が所属するNHK大阪放送局報道部員に確認した」のくだりをてっきり「A記者本人に確認した」という風に誤読していたのである。

そしてこのくだりを違和感以上の「ごまかし」と感じるのは彼が記事を書くにあたって最大の取材源である本人A記者に直接取材せず周辺取材でお茶を濁していることだ。

私が個人的に掴んでいる事実(ファクト)を言うなら立岩陽一郎氏はA記者の4期下であり、かつて個人的にも親交があり、お互いの携帯番号も交換している。とうぜん年齢の把握など周辺取材をするまでもなく熟知しているはずである。

にもかかわらずA記者に一面識もない第三者のように装い、事案の本人にコンタクトをすることもなく、周辺取材でA記者の情報を得ている。
この立ち居振る舞いは自らの立場をニュートラルに見せるための”操作”と見えても致し方ないだろう。

この時点においてこの立岩陽一郎氏の記事は信憑性に疑問符を打たざるを得ないわけである。
私は立岩陽一郎氏の記事が政権に忖度していると言っているのではない。
疑問符が付くと言っているのである。

彼は論考の最後に「大事なのは政治的立ち位置ではない。事実だ」

というまっとうな言葉で結んでいるわけだが、本来取材というものの基本である「本丸に当たる」をおろそかにしているこの記事は、おのずとその「(大切なのは)事実だ」を放棄しているわけである。

そこで立岩陽一郎氏に問いたい。
なぜ携帯番号を知っていながら本人への取材をしなかったのか。
納得の出来る説明をしていただきたいと思う。

というのはこの事案は政治問題以上に、崖っぷちに立たされた人ひとりの人生がかかっている問題でもある。
私個人は政治問題より他人様の人生を左右する論考を書きながらも、そこに”人間(他者)”に対する思いが感じられないことに、なかば怒りを覚えるものである。




注・また、当A記者が森友問題スクープ以降、どのような処遇を受けていたかというファクトチェックが出来たあかつきには、新たな稿を起こすつもりだ。


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