Shinya talk

     

 

2015/12/22(Tue)

雨降って地ぬかるみ、日本回帰の不気味をなぜ誰も指摘しないのか。(CatWalkより転載)

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ザハ・ハディッド案


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A案 欅(けやき)の樹らしい樹の向こうの木造。円形五重の塔を思わせる


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B案 桜並木の向こうの巨大な集成材木造柱は伊勢神宮の鳥居や、御柱を彷彿とさせる。


 





磯崎新がザハ案の勝手な改変版を「溺れた亀」と怒りを込めて揶揄したように、いっぱしの建築家ならザハ案廃棄後に今回日本の建築家から出された2案は食えない代物であることをとうに見抜いているはずだ。


私には雨降って地固まるではなく、妙にジメジメした日本的なぬかるみに回帰したとしか思えない。


木造、植栽、寺社、環境に優しい、回帰指向の日本人向けてんこ盛りである。


創造とはいままでに見たこともないようなものの創出であり、建築であれ音楽であれ、写真であれ、絵画であれ、これまで人間の創造の歴史というものは過去を裏切り、未来への冒険があったからこそ進化したわけだ。


そういう意味で、建築費その他いくつかの問題があろうとザハの建築というものは私たちがこれまで目にして来た建築の概念すら変える宇宙感があった。


この宇宙感、浮遊感は彼女がアラジンの魔法のランプや空飛ぶ絨毯を生み出したイスラムの血を持つからこそ出来た空想であり、にもかかわらずそれはイスラムにも西欧にも当然この日本にも属さない”不所属”の巨大なオブジェであることが重要な点である。


911以降、ブッシュが世界を悪魔と正義に分けたように、以降大は西欧世界とIS的アラブ世界対立、小はこの日本においても原発問題や政治世界で不毛な所属意識と対立が見られるように、世界は所属と敵対の時代がはじまった。


こういった時代にどこにも属さない価値を見いだすことは困難である。


そして芸術というものは”属さない”からこそ、そこに本来のデゾンデートル(存在理由)があり、911以降の所属と敵対の時代にあってなおさら芸術の持つそのような本質は重要なものになっている。


私はザハの新国立競技場案はそういう意味でこの極所属の時代において、どこにも属さない、さらには人間社会にすら属さないフィギアの創出だったと個人的には感じている。


ところがゼネコンの暗い闇かなんかわからぬが、わけのわからぬ政治が動き、この建築は豪雨に見舞われ、馬鹿な修正が施され溺れる亀となり、ついには洪水の中に本当溺れてしまった。


その豪雨のあとに立ち現れたのが日本の建築家による2案であるわけだが、その結果、雨降って地固まるではなく、なんとあの実に日本的としか言いようのないジメジメした”ぬかるみ建築”が現れたわけだ。


このまるで寺社を思わせる日本回帰のてんこ盛りには反吐が出る(断っておくが私は寺社が嫌いというのではない。芸術がそれに回帰するのは安易に過ぎ、時に危険であるということだ)。


つまりこれらの2案はザハの建築が不所属という芸術の神髄を貫いた姿とは真逆の、所属、さらには回帰というアナクロ(時代錯誤)建築であり、こんなものに日本の未来があるとは思えない。


だが今回さらに問題とすべきところは、このザバ案却下後に出された2案が、国民からひろく意見を聞き偏りのない選定をうたっていながら、なぜ揃いも揃って日本回帰建築様式だったのかという不思議である。


それは雨降ってサバ案が却下されるとともに安藤忠雄をはじめとする建築家主導の選定から、そのコントロールが政府官邸下に置かれたことと無縁ではないように思われる。


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http://www.kantei.go.jp/jp/headline/shinkokuritsu_saikento_suishin.html


一見国民の意見や有識者の意見を聞くとしながら「新国立競技場整備計画再検討のための関係閣僚会議」なるものの構成員が以下のようにすべて自民党の閣僚で占められているのである。



議長

東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣


副議長

内閣官房長官

文部科学大臣


構成員

外務大臣

財務大臣

国土交通大臣


つまり今回の2案はドサクサまぎれの漁夫の利によって官邸主導による自民党内でコントロールされたということである。


この流れの中でかつてなく右傾化の度を増し始めている安倍首相をはじめとする官邸、自民の意向が反映され揃って今回の日本回帰型(右傾型)建築2案が提示されたと考えるなら今回の不思議は説明がつく。


世間はあるいはジャーナリズムは、そして建築家や有識者はなぜこの点を指摘しないのか、これも不思議である。


公開制で公平に建築案が募集され、結果的に日本回帰型が出て来たというのならそれはしょうがないことだが、本来デザインとは関係のない一党独裁の色彩の強い政権政党がデザイン案の選定を握ってしまった結果が今回の日本回帰型2案に収斂したであろうことは容易に想像がつくわけだ。


本来政権政党が干渉すべき種類のものではない、公共事業のデザイン分野までコントロールしはじめている今回の一件を精査するに、あらためて強権の時代になったものだとの思いを強くする。


因みにベルリンオリンピックの公共物のデザインをヒトラー政権がコントロール下に置いたことは広く知られている。この時、ヒトラーの愛人と言われオリンピック映画「民族の祭典」を監督した歴史的人物101歳まで生きたレニ・リーフェンシュタールに私は会っているが、このおりのツーショットが見当たらず見つかったらその折の印象をいずれ書いてみたい。




2案のパースの下手くそさと幼稚さが、ザハ案のパースの成熟と比べると恥ずかしい。A案の群像のもっとも近景に身体障害者を思わせる車椅子をシンメトリーに配置するところなど、時代に媚び、至れり尽くせりで気持ちが悪い。


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