Shinya talk

     

 

2015/06/28(Sun)

池上問題。

リベラルすら邪魔なこの時代、かつて管義偉を怒らせたクローズアップ現代の国谷裕子番組のやらせ疑惑に続き、かつて安倍にイヤホンを外させた池上彰番組の確信犯的やらせ浮上は「池上おろし操作の可能性」という視点からも見ておいた方がよい。藤原新也

     

 

2015/06/26(Fri)

永遠のゼロ。(CatWalkより転載)

安倍首相に近い若手国会議員らが党本部で開いた憲法改正を推進する勉強会「文化芸術懇話会」での百田尚樹の発言が問題になっている。

同胞内輪の懇談会ということでいつもの百田馬鹿節が全開となったようだ。

曰く

「安保法制に反対するマスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」

「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」

(議員×百田 懇談)

「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」

かつて役場や小学校のほか、五つの集落が存在していた普天間は沖縄戦で住民は土地を強制接収され、基地の周辺に住まざるを得なくなった経緯があるが、百田曰く、

「普天間はもともと田んぼの中にあり、周りは何もなかった。基地の周りに行けば商売になると、みんな何十年もかかって基地の周りに住みだした。基地の地主さんは年収何千万円なんですよ、みんな。ですからその基地の地主さんが、六本木ヒルズとかに住んでいる。大金持ちなんですよ」

ここまで来るとこの男、元々学生テレビタレントの大阪出身だから時代の要請に従い「極右コメディアン」として吉本興業に席を置いた方がお似合いだ。

あるいはここまで来ると今のまま世間に泳がしていた方が(極右の馬鹿ぶりが際立つので)よいのかも知れない。

いずれにしても百田というのは近来希に見る「永遠のゼロ」である。
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2015/06/03(Wed)

このニッポンがインゲン豆程度の一物に支配される倒錯と滑稽に思いを馳せる。(CatWalkより転載)

昨日の21時に東中野のポレポレで上映されている「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅとぅみ)」を見る。

この映画は当初18時からの1日1回のみ上映だったらしいが、大盛況で21時にも再上映することになったとのことである。

だがさすがに夜12時前に終わるこの時間帯は客が少なく、昨日の21時の上映では観客は10名くらいだった。

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館でどうやらダニをもらって帰って来たらしく、朝体の一部に妙なかゆみを感じるが、映画そのものは現地の人間模様がよく描かれている佳作ではある。

戦場ぬ止み、というのは沖縄は太平洋戦争時末期の主戦場となり、多くの犠牲者を生み、人と人が闘ってるという意味においてその戦場が今辺野古へと移っている。

いい加減に戦争は止め、との意味が込められている。

ただ、この映画、現地の人間模様はよく描かれていて現状把握には大変役立ったが、映画を見終えて夜の街を歩きながら感じるのは主役の見えない苛立ちと虚しさである。



その主役とはまさにアメリカのこと。

この映画でアメリカ人が写ったのは基地正門前で抗議側のリーダーの一人で座り込んでいるとき現れて上官と電話連絡を取り合う数人の米兵のみである。

その他の尺は抗議の人々と警官や海保(海猿)らとの日本人同士の抗争が大半の尺を占める。


つまり闘う相手は他にいるはずだが、まさに同士討ちをしているということだ。(今回の沖縄行で二人の助手と普天間基地周辺を歩いているとき船長がふたりの若造警官に尋問を受けた際「お前、嘗めるなよこの野郎!」と活を入れたシーンもこれも同士討ちと言えば同士討ちだ)。



多くの日本人はこのことをあまり肌で感じていないようだが、安保同盟とはその名からいかにも平等条約のように見えるが、日本の陸海空自衛隊は事実上アメリカの軍政下に置かれていると言っても過言ではない。



このことは昨年岩国基地の海上自衛隊を訪れ、救難飛行艇US-2の訓練に立ち会った時にあらためてしっかりと認識したことである。



岩国基地の海上自衛隊は独立して存在せず、広大な米軍岩国基地の奥まった一角に間借りしているのである。

つまりアメリカ基地に併呑(へいどん)されているということ。

海上自衛隊に行くには検問詰め所で身分証明書を提出し、許可証をもらうのだが、この検問所は米軍管轄である。

日本の自衛隊に行くにはアメリカ経由になるということだ。

そして検問を通って海上自衛隊に入るのに長距離を走ることになるがこの間の米軍施設の撮影はもちろん禁止である。

この現実こそが軍事面におけるアメリカと日本の地位関係を如実に表していると言える。



18年間基地問題を引きずり、今回埋め立て問題で揺れている辺野古においてもこの構図は同様である。

航空安全の見地から危険な普天間基地の代替地として辺野古移転というのは表向きの理由であり、アメリカがここに目をつけたのは他に理由がある。

辺野古はオスプレイその他の航空機の発着場としての滑走路がクローズアップされているが、実はそれよりも軍港としての価値が大きい。

つまり沖縄全土の中でこの辺野古の海のみの沿岸部が切り立ったリアス式海岸という天然の良港(軍港)となりうる地勢を擁しているのである。

ご承知のように沖縄の海はほとんどの地域では陸から海沖にむかってリーフが張り出しており、吃水深度の深い大きな船は入ることが出来ない。

だが辺野古の海は陸に隣接する海域でドン深(現地用語でナービ「鍋」)になっており、大型原子力航空母艦も着岸可能な地勢を形成しているのである。

この船の吃水というは航行海域が限定される重要な規制となる。

私の船は17フィートで吃水30センチ。42フィートで吃水120センチだがミニッツ級の大型航空母艦では吃水は12〜13メートルにもなる。

吃水12〜13メートルの大型船舶が安全に入港するには荒天時の船のローリング(左右の揺れ)ピッチング(前後の傾き)ヒーヴィング(上下動)を計算に入れるなら倍の水深25〜30メートル(12階建てビルに相当)は必要だろう。

しかも大型航空母艦の入港にはその水深が必要な上に船の長さの倍、約五百〜六百メートルの着岸域が必要となる。

辺野古のナービと呼ばれる海はこの用件を完全に満たしている非常に希少な海域なのである。




前回の浮雲旅、辺野古篇では私はのどかな楽園論をぶったが、本当のことを言えば、花咲き乱れる丘から辺野古の海を眺めながらスパイよろしく海の地勢と水深を視認していたのである(同行した乗組員諸氏は「きれいね−」とお花畑思考のようだったが)。

そして対岸の丘からは以下のようにその海の色によっておおかたの水深は想像できるわけだ。

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遠くに白波の立つのはリーフと遠海の結界(ピー)であり、その一帯すら浚渫(しゅんせつ)すればその内側は水深が深くなっているという私自身もこれまでみたこともない特殊なリーフの地勢である。



当初埋め立て案は航空機離発着のためのI字型だったがその後L字型となったのは、大型軍用機も発着可能な滑走路、武器・弾薬などの兵たん施設、大型艦船が帰港できる軍港の三つの機能を持つ新基地構想であり普天間の代替基地などではとうていないのである。

つまり大国の主戦場が中東からアジアに移りつつあると言われてる今、中国とアジア経済軍事の覇権争いを始めているアメリカがこの辺野古を手放すことはありえないだろうということである。

おそらくの翁長沖縄知事がアメリカ詣でをしてもアメリカが基地政策を転換することは考えにくい(アメリカは日本政府のように稚拙ではないから聞く耳を持たないという強硬姿勢は見せず、表向きは柔軟な対話姿勢を見せるだろうが)。



この辺野古政策を強引に推し進める日本国25代首相安倍晋三を私はかねがね”お座敷犬”であるとともに”腹話術人形”だと観測しているのだが、TPPや秘密保護法の強引な成立からイスラム国事件に対する対応、そして集団的自衛権改変による自衛隊海外派兵推進に到るまで、そのお座敷犬であり腹話術人形としての第25代首相の面目は如実に保たれていると言って良いだろう。

いわゆる歴代首相を血脈に持つ”名家”に生まれ育った彼は臆病でありながらも根拠のない全能感に満ちたお座敷犬として育った。

チワワのようなお座敷犬が自からの力を過信して屋外で自分より何十倍も大きな犬に吠えつくことがよくある。

とうぜん手痛いしっぺ返しを食い、尻尾をまるめてお座敷に逃げ込むわけだが、私はアメリカに対する安倍の豹変を見ると、このお座敷犬の顛末を想像せざるを得ないのである。

25代日本国首相として二度目の首相に返り咲いた彼はご承知のように当初はアメリカに向かってことごとく楯突いて(吠えて)いた。

ところが何時の時点からか、とつぜん豹変し、ポチと揶揄された小泉元首相以上のポチとなりアメリカに隷属しはじめる。

その間に何があったかは不明である。

だがかつての中川一郎、昭一親子が自殺(他殺説がある)に追い込まれたように、そして第七艦隊は不必要と明言した小沢一郎が政界の表舞台から抹殺されたように相当の脅しに遭っているであろうことは想像に難くない。





したがって安倍首相の他者を無視した強引な為政によって次々と決まっていくTPP参加に続く秘密保護法の強引な成立からイスラム国事件に対する対応、そして集団的自衛権改変による自衛隊海外派兵推進に到るまで、複雑な論議がなされているが、何も複雑なことはありはしないのだ。

アメリカはアフガニスタン、イラク、で天文学的出費を余儀なくされ、いずれも失敗し、疲弊し、世界経済の中心が東アジアにシフトする近年の情勢の中において軍事の肩代わりを日本に託さざるを得なくなったということだ。(この顛末は13年の暮れにトークに掲載した元毎日新聞記者西山太吉のインタビューに明らか)

http://www.youtube.com/watch?v=JqIUh9V7hA4



そういう意味ではお座敷犬の安倍はアメリカにとって格好の”逸材”だと言える。

今、彼は世界に数あるアメリカの腹話術人形の中においてもきわめて”よく出来た”人形なのである。

人形には身体がなく、自分自身の考えでしゃべっているわけでもないからそこに痛くも痒くもない根拠なき過剰な自信も生まれ、一見彼が強い意思をもって政策を推し進めているように見えるだけの話だ。

その腹話術人形としての大団円の場がオスプレイ17機を倍の価格で購入したことの引き替えのご褒美としての米議会での安倍の演説である。

あの時、人形が人形師の前で得意満面に演説するという非常に変わった倒錯場面が世界に発信されたのだ(もっとも報道されたのは日本のみで欧州は当然のことながらアメリカのマスコミでさえ無視されたが)。

あのアメリカ議会での演説を見て何か背筋の凍るような寒さと滑稽さを感じたという人がいれば、それはそこに倒錯現場を見たということなのである。

安倍はよく辺野古問題において粛々という言葉を使う。

鞭声粛々夜河を渡る。

粛々という言葉には戦国武将の動じなさが描かれているが、臆病なチワワが動じず果断に吠えるのはそこに強い主人が手綱を握っているからである。

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