Shinya talk

     

 

2014/09/25(Thu)

一人のサタンが現れることによって世界とその細部はどのように変質したか。(Catwalkより)


シリアの対抗勢力への化学兵器使用を含む強引な弾圧。

パレスティナへのイスラエルの徹底的な空爆。

ロシアの強引なクリミア半島併合。

中国のウイグル人虐殺を含む弾圧。

そしてリアルタイムで進行しているイスラム国の少数民族の虐殺などなど。



世界は今血生臭さに満ち、道理が消え、力あるものが力まかせに無理を通す。



それは何も世界紛争に限らず、国営放送への介入や対抗勢力とみなす新聞追い落としなど、この日本においても政権の強権指向がまかり通る。



つまり私たちは今、この“歯止めなき強権の濫用”ともいうべき時代の中に生きているわけだが、こういった忌まわしい時代の動静が何を発端としているのかということに思いを馳せるに、あの911の悪夢に至らざるをえない。



あるひとつの大きな事件や出来事が歴史を変えるというのはこれまでにもしばしば人間の歴史で経験したことだが、2001年のアメリカ同時多発テロ9・11と、その事件後のアメリカのイラク侵略は確実に世界を忌まわしい方向へと変えた。



9・11当時、この事件はそれ以降の時代の流れをどのように変えるかという論議が盛んになされたわけだが、ここ数年、あたかも沈潜していた黒い種子が芽を吹くように9・11エフェクト(結果・効果)が一定の世界現象、あるいは社会現象として立ち現れつつあると私は個人的に感じているのである。



その世界に黒い種子を蒔いたのはあのブッシュジュニアである。



彼は911ののち、世界に向け、きわめて幼稚な言葉を投げかけた。



Devil(悪魔)。



彼は世界を悪魔(テロリスト)と正義に二分し、悪魔の側に立つのか、正義の側に立つのかと、日本を含む西欧諸国に踏み絵を迫った。



その後、日本を含む多くの西欧諸国がイラク戦争に荷担した。



だがその戦争は今では誰もが知るようにアメリカの虚偽によって成された(というよりブッシュコンツェルンの石油利権のための)戦争だったことが今では白日のもとに曝されているわけだが、この強引に強い者が自己の利益のために弱者を力でねじ伏せるあのブッシュの権力の濫用の模倣現象というべきものがここ数年さまざまな形で吹き出していると私は観ずる。



ヒトラーのように一人のサタンが現れることによって世界に混乱が生じるということに準えるなら、2000年代の今日的世界混乱を招いたと言えるブッシュは一人のサタンあるいは、彼自身が他者を名指ししたところのDevil(悪魔)そのものではなかったのかとの思いをぬぐえない。



おそろしいのはそのDevil(悪魔)的感性が世界の抗争という大きなエレメントの中においてのみ再現されるにとどまらず、一国の政治から市井の事件にまでその影を落としつつあると観ぜざるを得ないことである。



その意味において佐世保の女子校生や今日犯人の逮捕された神戸の女児バラバラ事件など日々残虐化する人間行為というものもまた演繹的に911以降の現象、あるいはこの2000年代に一人のDevil(悪魔)が輩出されることによって産み落とされた世界現象の細部と言えるのではないかと考える。



慶賀なことに世界はたった一人の宗教者の輩出によって導かれ、忌まわしいことにたった一人のサタンの輩出によって世界は奈落へと導かれる。



     

 

2014/09/17(Wed)

吉田調書もプリントアウトして製本し、パラフィン紙包みにし永久保存したいものだ。(Catwalkより転載)



吉田調書を入手したので別枠で掲載する。



一旦テキスト処理をしたものをワードに移したのだが、これはソフトによって変換されているために改行が雑で採用しなかった(もしテキスト処理をしたものが欲しい人はメールをいただければ添付する)。



この吉田調書、まだ読み始めたところだが、非常に生々しいというのが初っ端の読後感だ。



この吉田調書というのは民主党政権下ではひた隠しにされ、その後自民政権に変わっても公開されなかったのだが、朝日がその一部を入手し、今回の誤報騒ぎとなった。

ヒョウタンから駒というか、311以降、左右の過剰な対立構造の中で大きな部数減に危機感を抱いている読売は、サンケイとともに官邸から隠密裏に吉田調書を入手し、朝日バッシングの挙に出た。

その信憑性を補完するために官邸は吉田調書の全文を公開したわけである。



つまりここには犬も食わないくだらない争いがあるわけだが、つまりそういう井戸の中の争いの中でヒョウタンから駒のごとく、吉田調書全文が日本国民のすべてが読むことが出来るようになったわけだ。

ありがたいことだ。





読み進めると、スリーマイル島の原発事故、チェルノブイリの原発事故、そして福島第一原発の事故と人類はその歴史の中で3度ほど大きな原発事故に直面したわけだが、現場責任者が事故現場の至近距離で生死をかけた事故直後の経緯のこれほどの詳細な証言を文書に残した例はない。



その意味で冗談ではなく、原発を持つ国のすべての国民が教科書として読むべき文書の世界遺産である。





あの時、政府や官僚たちの嘘の積み重ねの中で、福島第一原発で何が起ったのか、ということを私たちはこの証言ではじめて知ることが出来るわけだ。



私も全文を読むつもりだが、膨大な分量の証言なので、折に乗じて時間のある時々に読まれるとよいだろう。

拾い読みでもよろしい。

個人個人で発見があるはずである。



また今回の朝日と官邸+読売+サンケイのバトル(というより朝日潰し)のネタとされた、東電社員が吉田所長の命令にそむいて福島第二原発に逃げたという誤報は、確かに修正謝罪すべきことだが、こういったことは吉田調書の中では枝葉末節のことであり、ここで一番着目すべきは、あの時、東電本社の意向にそむいて吉田所長が海水注入に踏み切らなかったとすれば、関東圏を含む東日本一帯が壊滅していたという、おそるべき現実が目の前に迫っていたということである。



つまりこのことは日本国が滅ぶことを表しており、また東京を含む2千万人の人間が双葉町や大熊町の人々と同じように逃げ惑う、という地獄絵図が展開されていたかも知れないということだ(米軍はいち早く事故状況を演算し、横須賀基地を引き上げる態勢を取っていたことは記憶に新しい)。



だがこの吉田調書の中にある関東圏を含む東日本が壊滅するかも知れないという吉田調書の核となる証言を読売は書いていない。そして東電社員が逃げたか逃げなかったかという枝葉末節なくだらないことに血道を上げているわけである。



本題はそこじゃねぇだろう。バカやろうと言いたい。



私はかつてトークでマスゴミという言葉を使う投稿を諫めたことがあるが、こういった状態を見るに”マスゴミ”というものは確かに存在すると言えないこともないだろう。


     

 

2014/09/12(Fri)

極端な左右の対立国「の騒音の中で正論が成り立たない時代における矜持。(Catwalkより)



昨日の朝日の記者会見について触れてみる。

今回の記者会見は吉田調書に関する誤報の謝罪会見であり、付録のように従軍慰安婦問題も取り上げられていた。



この従軍慰安婦問題に絡んで同紙にエッセイの連載をしていた池上彰氏の原稿が掲載拒否に合い、その後社内からも批判が続出し、後に一転掲載となったわけだが、この池上彰氏の当エッセイを読んでみると、ただ「従軍慰安婦問題で朝日は誤報を出したのだから謝罪をすべきだ」という別に掲載拒否に合うほどのきわどいことを書いているわけでもなく、大それたものでもない。



先に朝日は従軍慰安婦問題誤報を自ら取り上げ、その検証を行い、社説でも謝罪の意を表しているが、思うに朝日には昨今の時代への見誤りがあるように私は感じた。

311以降、この日本では極端な左右の対立構造が生まれ、いかなる正論もその対立構造の騒音の中でかき消されてしまう時代になりつつあるのである。

つまりこの問題が偏狂な炎上に曝されることは目に見えていたということだ。



今回の吉田調書誤報問題にしてもすでに極右と言って過言ではないと言える官邸が吉田調書を内密に読売、サンケイに流し、朝日糾弾のキャンペーンを張った結果の官邸+読売+サンケイ極右タッグによる朝日潰し事件であり、従軍慰安婦問題においても同様の朝日潰しの意図的な官邸と読売、サンケイの内通がある。



朝日の当日の新聞を読むと誤報を認めながらも従軍慰安婦問題は依然として根深い問題として横たわってるという論調であったわけだが、このご時世、当然の帰結として誤報問題のみが意図的に大きくクローズアップされてしまい、朝日の脇の甘さが目立つ。



かつて朝日は従軍慰安婦問題で安倍個人と対立したわけだが、これを機に安倍(政権)に倍返しされた格好である。

特に極右と呼ばれる一派はここぞとばかりバッシングに出て、朝日新聞不買運動すら提唱し、こういった有象無象の騒ぎの中で、何時の間にか、まるであの沖縄サンゴ事件のような最悪の様相を呈してしまったわけだ。



そんな加熱状況が朝日のトップに少なからぬストレスともたらしているところに池上彰氏のエッセイが浮上し、経営(編集)トップはそれに対して過剰反応してしまったというのが実情である。



重ねて言うが池上彰氏のエッセイは何と言うことのない、ごく普通のアーティクルであり、世間が騒ぐほどのものではない。



しかしまたこういった状況を見るに、やはり朝日自体もまた311以降の人心の硬直化傾向の中に嵌まりつつあるのかも知れないと思わないでもない。



いくら世間の従軍慰安婦問題の加熱状態の中でストレスを抱えていたとしてもあの程度のもの言いに掲載拒否という言わば言論の自由を奪うような行為に及ぶというのは尋常ではないからである。



そういう意味で今回の朝日の挙動は311以降の時代の危うさを象徴する出来事のようにも感じる。

というのは私自身もまた311の年に、この朝日新聞紙上で朝日に対する批判をしており、おそらくその批判は今回の池上彰氏のアーティクル以上に根幹に触れるものでありながら掲載拒否を受けなかったからである。



つまりこの2件の事例の間のわずか3年の間に世間というものは偏狂化するとともにマスメディアもまた狭量化しつつあるのではないかと思わざるを得ないのである。



311の年のこれはインタビューなのでゴツゴツした文章になっているが、その記事を以下に掲載してみたい。















「福島の希望 自分の足で歩くしかない」

藤原新也=写真家・作家



2011−09−13 社会面





先日、主宰するウェブマガジンに、ルターの「たとえ明日世界が滅びようと、わたしは今日林檎(りんご)の木を植える」という言葉を掲載した。

「読んで涙をぼろぼろこぼした。仲間と『こういう世の中だけど、前向きに生きていこう』と話し合った」というメールが来た。

過剰反応かなと思ったが、肩書を見てハッとした。

大学受験生だった。若い人々は人生の出発点で大変な状況に直面しているという当たり前のことに気づかされた。





6月初め、福島市近郊の寺の山の斜面に生えていた樊かい草(はんかいそう、かい=口へんに会の旧字)という植物は、100本ぐらいある草の花びらがどれも妙にねじれていた。

地面近くの放射線量は毎時22〜23マイクロシーベルト。

放射線の影響とは断定できないが、ほかにも桜の花の数と色付きが尋常でなかったり、逆にケシの花が小さく茎も弱々しくなっていたり、植物の異変を1ダースほど確認した。

お年寄りたちに聞くと、いずれも「これまでに見たことがない」とのことだった。



■「被害ある」前提



福島をはじめ世界に大量飛散した放射性物質が、今後人間にどんな影響を与えるか、結局専門家にもよく分からない。

分からないならば「健康被害は起こりうる」という前提での危機管理が原則だ。

今、真っ先にやるべきことは、福島県内の数千カ所に食料放射能値が計測できるベクレルカウンターを設置し、誰もが手軽に利用できるようにすることだ。

100億円程度あればできるだろう。

費用は東京電力が負担する。

子ども手当も全額、福島の子どもの安全対策や疎開費に充てるべきだと思う。



原発事故について「すべての人間が被害者と同時に加害者」という言い方がある。

だが、農耕民族的な「和の精神」では今の問題は解決しない。

原発利権の甘い汁を吸い続けてきた者たちと、福島県飯舘村から生活を捨てて逃げた人々を同じ線上には並べられない。

遊牧民族系の社会のように善と悪を峻別(しゅんべつ)し、断罪するときだ。



しかし、今マスコミはその矛先を本丸ではなく、あさっての方向に向けている。

鉢呂吉雄前経済産業相の問題がよい例だ。

福島第一原発の周辺を「死のまちのようだった」と話したことの、どこがおかしいのか。

ありのままだ。死という言葉が福島県民の神経をさかなでする、という差別用語への過敏が、事実すらも排除してしまう。

「放射能をつけちゃうぞ」という記者との瑣末(さまつ)なやり取りを、重箱の隅をつつくように記事にする神経も尋常ではない。

まるで小学校の反省会の「言いつけ」のようなものだ。

胆力の衰えた幼稚な報道で能力未知数の政治家がたちどころに消えるのは、国民にとってただただくだらない損失だ。



新聞はかつて電力会社の原発推進広告の掲載を拒否していたが、1974年から朝日新聞を皮切りに掲載するようになった。背景にはオイルショックによる広告収入の減少があったと聞く。これまでの原発報道で中立性を損なったことはなかったか、マスコミは胸に手を当て自己検証するべきだ。



■頭より体を優先



しかしこの原発問題、悪いことばかりではない。

お上が信用できないことがはっきりした。

他国が作った憲法という靴を履いて歩いてきた日本人がやっと自分の足で歩くしかない、と気づかされた。

よい変化だと思う。



今、前向きに生きるコツは、頭より体を優先させることだ。

こんな状況で頭ばかり働かせると、悲観の悪循環に落ち込む。

抱えきれない悩みのある人がお遍路で四国を旅すると、何も解決していないのに歩くうちに悩みが軽くなることがある。

体の軸が頭から体に移るからだ。

体は生きようとする生理を持っている。それが「林檎の木を植える」ということだ。



無人の瓦礫(がれき)となった宮城県の気仙沼を歩いていた時、着飾って歩く奇妙なカップルに出会った。

被災後の初デートだった。

声は弱々しかったが、すべてなくなってしまった中で、愛だけは辛うじて残っているんだなあと率直に感じた。

長年、書をやっているが「愛」というベタな言葉は書いたことがない。

この時2人の前ではじめてその文字を書かせていただいた。



原発事故で、多くの人々が東京電力や政府に強い憎しみを抱いている。

だが、何かのきっかけで憎しみも喜びに変わることがある。

飯舘村で避難区域内に居残っていた老夫婦の家を訪れた時、窮状を見かねて財布の中の有り金全部を衝動的に机の上に置いてしまった。

最初は驚いて固辞されていたが、住所を書き「返せる時に返してください」と言うと、「神も仏もない」と言っていた人から鬱屈(うっくつ)が消え、立ち去るときには見違えるほど朗らかさを取り戻していた。

お金の問題よりもそこに気持ちが介在したということだ。

無力感の中にあった私もその顔の変化に救われた。



新政権は、この憎しみを喜びに変えるための試みを有り金をはたき、全力でやってほしい。有り金をはたいても帰りの電車賃くらいは残る。

(聞き手・太田啓之)













「新聞はかつて電力会社の原発推進広告の掲載を拒否していたが、1974年から朝日新聞を皮切りに掲載するようになった。背景にはオイルショックによる広告収入の減少があったと聞く。これまでの原発報道で中立性を損なったことはなかったか、マスコミは胸に手を当て自己検証するべきだ。」

の部分が朝日批判に当たる箇所だが、当時読売はさらに政府と一体化して率先して原発推進に走っていたことからするなら、この箇所は朝日が最初に先鞭をつけたかのように受け取られるということもあり、朝日側は難色を示した。

しかしこの部分を載せなければこのインタビューは単なる綺麗ごとになると返事をし、案外すんなりと朝日はそれを受け入れたという経緯がある(しかしこの記事はパスしてもそれ以降藤原には語らせるなという空気が醸造される可能性はないではない)。



当時のことを(わずか3年前のことだが)振り返るに、もし私のインタビューがこの2014年であったら果たして朝日は掲載しただろうか、と池上彰氏の件を思い起こしながら何か時代がますます危うくなりつつあるように感じるのである。













そうは言うものの、百歩譲って今回朝日のトップが記者会見を開き、マスメディアとしての最低の矜持を見せたことは一定の評価を与えられるべきだろうと私は思っている。



というのは311以降、阿倍政権をはじめとしてあらゆる体制が自からの非を認めない、ごり押しと居座りの風土の蔓延する社会になっているからである。

当然今回朝日攻撃をした読売にしても誤報は日常茶飯事であるが、それに対する対応は微塵もない。

こういったごり押し、居座り傾向は日本に限らず国際政治においても言えることでもある。



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