Shinya talk

     

 

2014/05/30(Fri)

二人のニンゲンが話した二羽の鳥のお話。(CatWalkより転載)

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柳生博さんは俳優であるとともに日本野鳥の会の会長でもある。

何度か食事をともにしているが対談というのははじめてだった。

その会長さんに今日私がお話しした童話を少しダイジェストしてみょう。



「岩手県の吉里吉里町のちょっと小高い山の中に猫の額ほどの小さな沼がありましてね」

「自然の沼ですか?」

「多分自然だと思いますが、ある方のかなり広い庭の隅っこの方にあるんです」

「ほう」

「直径10メートルくらいの小さな沼なんですが、ここには毎年一羽のカモがやってくるんです」

「たった一羽ですか」

「そうなんです。普通カモは群れを作ってるらしいですが、やって来るのは毎年一羽でその庭の持ち主のSさんは、特徴を覚えていてそれが同じ鳥だと言ってました」

「おそらくそれはハグレ鳥なんじゃないでしょうか。群れには時々こういう現象が起きるんです」

「へえ、そうですか」

「ボスとケンカをしてはじき出されたとか、怪我で渡り鳥の力を失って外国に行けなくなったとか」

「ひょっとするとそういったハグレ鳥かも知れませんね。

それがですね。ある年の春、ふと様子がおかしいのでSさんが近づいてみると、その沼のカモが二羽になってたんです」

「ほう」

「それがですね。

もう一羽のカモを見てみると、これがどうも少し小さい」

「若鶏?」

「いや、そうじゃなく、よく見るとカルガモだったんです」

「カルガモは少ししか飛べないはずですが、どこからやって来たんですかね」

「それが謎です。

Sさんはカモの鳴き声を聴いて、どこか近くからやって来たんじゃないか、と言ってました」

「どこか近くの他の池に住んでいたのかも知れませんね。

しかしカルガモというのは群れからなかなか離れませんから、ひょっとすると何かの理由で仲間はずれにされたのかも知れないな」

「そうだとすれば仲間はずれ同士の鴨とカルガモが同じ沼に居着いたということになりますね」

「ほうそれは面白い話ですなぁ。異種同士が居着くなんて平和の象徴じゃないですか。

なかなか面白い話をありがとうございました」

「いや、まだこの話は終わっていないんです」

「ほう、そうですか、それから?」

「このカモとカルガモ、恋に落ちたんです」

「へぇー!

しかし……

なぜ恋に落ちたってわかるんです?」

「カルガモは沼の周りで歩くカモのあとをどこまでも着いて行き、カモの方も後ろを振り向いたりして、遅れると止まって待ってたりするらしいんです」

「甲斐甲斐しいですな」

「しかしここで悲劇が起きました」

「………ん」

「カモが飛んだんです」

「そりゃカモだから飛ぶでしょ」

「カモが飛ぶことがなぜ悲劇に結びつくかということです。

なぜかおわかりですか」

「ウーン(と柳生さん熟考の末)あ、飛べないんだ、そのカルガモ!」

「さすがに会長(笑)だけあります。

正解です。

このカルガモ少し羽の力が弱く、あまり飛べなかったんです」

「カモは渡り鳥ですから手負いであっても、時期が来ればやがてどこかに遠くに飛んで行く」

「哀しいですなぁ。

悲恋というヤツは」

「カモは渡りの時期が近づいて来ると、練習するように毎日沼の上空を旋回しました。

カルガモはその様子をじっと見てるらしい」

「ああ、涙が出て来ますなぁ。

いかんいかんこの歳になると涙もろくなって」

「いや、ここからが本番なんです。

逃げずに聞いてください」

「もうそれ以上、哀しい話はやめにしましょう」

「いや話します。

カルガモはいつも空を見上げ、カモの飛ぶのを見上げていたんですが、ある日、ひょいとそのカモに向かって飛び上がったんです」

「何pって感じですか」

「いや2メートルもです。バタバタッと羽ばたいて」

「ほう!必死だったんですね」

「そう、必死だったんです。

そして毎日空に向かってバタバタやった。

そのうちにですね。

飛距離が次第に伸びはじめた」

「ほう、どれくらい?」

「2、3週間で100メートルも飛ぶようになったんです、滑空するように」

「ワッ、それはすごい。

だけどやっぱり哀しいなぁ、その努力、

哀しいなぁ」

「柳生さん甘いですよ」

「え、甘い、私がですか?」

「そうです。甘いです。

野生というものはすごい!」

「……何??」

「カルガモは毎日飛距離を伸ばし、3,4百メートルも飛ぶようになった」

「えっ、そりゃすごい。

もうそれは滑空じゃなく、飛翔の領域ですな」

「そうです、立派な飛翔です。

Sさんはあっけにとられてその様子を毎日見ていた。

そしてついにその日がやって来たんです」

「ついに?」

「カモが遠くに渡る日が」

「ああ……………哀しいなぁ」

「カモはその朝飛び立ちました」

「……………」

「カルガモはその後を追って飛びました」

「……力尽きますよね」

「いや、そうじゃないんです。

Sさんは唖然としました。

カモはどんどん北の空に向かって飛んでいく。

カルガモも必死で羽ばたき、着いて行く」

「…………」

「Sさんはカルガモはどこかで諦めて戻って来ると思っていました。

だが、です。

恋の力ってのはすごい。

カルガモは戻って来なかった。

カルガモはずっと着いて行ったんです。

……ずっと。

Sさんはいつもカモを見る時に身につけている望遠鏡を目に当て、遠くの空のカモとカルガモを注視しました。

カモはですね、ときおり励ますように少し旋回して戻って来て、また北に向かって飛んでいく。

カルガモは必死にそれに着いて行く。

Sさんは心の中で……ガンバレ!……ガンバレ!と叫びました。

そしてカモたちは米粒のように小さくなりました。

肉眼ではもう見えないくらい遠くまで飛んで行った。

そしてやがて、望遠鏡でも見えなくなったんです

そしてその望遠鏡で眺める空に雨が降りはじめました。

遠くの雲が滲んでだんだら模様になったんです。

Sさんは雨よ、止んでくれと祈りました。

羽が重くなりますから。

そして祈るように望遠鏡を目から離しました。

しかしふと見ると、遠くの空も真上の空も晴れていて雨なんか降ってやしない」

「ほう、不思議ですね」

「イヤ、それ、涙だったんですね

……Sさんの」



「………いやー。

藤原さん、さすがに作り話がお上手!!

作家だけのことあります。

脱帽です」

「いや、脱帽じゃありません。

「えっ」

「その話、私が作ったわけじゃない。

本当にあった話なんです。

Sさん、実直な方で、得意な話をしているという様子もなく、こういうことがありましてねぇと、淡々と僕に話してくれたんです」



「ウーン、鳥って深いですなぁ」



「そうですねぇ、

いま時の人間より100倍も深い。

人間はもっと鳥のこと知らなきゃならない、

自らを見つめ直す意味においても」

     

 

2014/05/21(Wed)

性戯としての遠隔操作(Catwalkより転載)



そのまま弁護士と二人三脚で公判を続ければ確定的証拠がないということで無罪を勝ち取ることは可能といわれていたにもかかわらず、片山がなぜあのような行動に走ってしまったのか、多くの人が首をかしげているようである。



片山の弁によれば、裁判を早く終わらせ母親を楽にさせてあげたかったということになるが、彼にはどうやら真性の虚言症のようなところがあるようで、その言葉に引きずられてしまうと弁護士に限らず誰もがアサッテの方向にさまよい出てしまわないとも限らない。



そんなわけのわからない状況を目の前にしながら、私が思うのは彼の行動は愉快犯的なものである以上に“性的”なものではなかったかということである。



この遠隔操作というものに果たして性的カタルシスというものがありやなしやに関してはなかなか判断が難しいところだが、思うに遠隔操作といえば、モニター上のゲームやゲームセンターにおける機器の操作もまた広義の意味の遠隔操作といえなくもない。



モニターの中では様々なキャラクターが自分の指先の動きひとつで冒険をしたり、バトルをしたりして、生き死にさえしたりするわけだ。



モニターを一心に見ながら指先を忙しなく動かすゲーマーの脳内神経に大量のアドレナリンが吐漏していることは科学的にも証明されている。



バーチャル空間であるゲームセンターの中でさえ、こういった性的カタルシスが起きうるわけである。



ひるがえって片山のケースにおいては彼はその指先の動きひとつで現実空間の中における生きた人間を右往左往と動かすことができるわけである。

彼は自分の檄文を掲げた4人の傭兵を警察と闘わせたのだ。

その取り巻きには騒然たるマスコミや国民の観衆がいる。





このバーチャルとリアルの間を横断する壮大なゲームにひとたび手を染めるなら、もう彼は自分を取り巻く退屈な現実に立ちもどることは決してできないだろう。



つまりそれは知的な遊びではなく、生理的あるいは性的な領域の遊びである公算が大きい。



これは想像の領域に過ぎないが、彼はその遠隔操作を挙行するたびに、ひょっとしたら射精をしていたかもしれない。



片山は長期間にわたって収監され、その後保釈されて以降も品行方正を保ち続けなければならなかったわけだ。

彼がその若い人生の中の多くの時間を費やした幾たびもの遠隔操作性戯を中断せざるを得なかった抑圧はおそらく限界に達しており、その性戯の禁断症状の発露として今回の事件の結末と言うものがあるなら私はそこに納得できる整合性が生まれるように思うのである。



ひらったく言えばつまり彼は痴漢と同じようなものだ。



ときおりしも、芸能人の覚醒剤中毒の事件が同時に報道されているが、私たちは薬物に頼らなくとも、電子機器によってご立派な中毒患者になることのできる時代を生きているということを、今回の事件はいみじくも知らしめてくれたように思うのである。



     

 

2014/05/21(Wed)

時代風景の中における片山祐輔について考えてみる(Catwalkより転載)



皇居にロケット砲を撃ち込んで(省略)を始末する地下鉄霞が関駅でサリン散布する(省略)裁判官と(省略)弁護士と(省略)検事 を上九一色村製AK47で射殺する(省略)病院爆破する(省略)小学校で小女子喰う(省略)を去勢して天皇制断絶(省略)の閉経マンkにVXガス注射してポアする(省略)店に牛五十頭突っ込ます(省略)will be killed just like her father.今度の土日、桜田門前で皇居ランナーを辻斬りする。邪魔な皇居ランナーを桜田門前で無差別殺人します。刃渡り30センチのナイフで斬りまくります。あと天皇もぶっ殺す。警官も殺します。よろしくお願いします。下賤で汚らわしいクソゴキブリのドエッタどもは1秒でも早く死ね!滅びろ!呪われた屠殺者の末裔どもめ。お前らは日本社会の、アジアの、世界の、宇宙の迷惑害虫だからさっさと殺してやるよ。入船のお前ら糞虫の巣を爆破してやる。爆発と同時に硫化水素が発生する爆弾だ。一匹残らず死ね!!!



片山祐輔が小保方銃蔵の名前でマスコミ各所に送りつけた「私が真犯人」メールを彼自身が書いたとわかった今、その長いメールの中の部分は、かりに偽悪気取りで書いたにしろ、そこには片山祐輔というあの温厚な表情の青年の心の裏に眠る時代風景が見えるようでもある。



神戸連続児童殺傷事件( 酒鬼薔薇聖斗事件 )
。



西鉄バスジャック事件
。



岡山金属バット母親殺害事件。



秋葉原通り魔事件。



取手駅通り魔事件。



そしてこのトークでも取り上げた名古屋駅の交差点の歩道で歩行者13人をはねた大野木亮太。





いずれも昭和57年(82年)生まれである。

この年代は小学校入学時はバブル全盛、
小学校上学年から中学校に入学に至る多感な時期に阪神淡路大震災、オウム事件
といった世間を震撼させる大事件に直面している。

学年が上になればなる程、景気が悪化。失われた10年と言われる時代に
 小学校・中学校・高校時代を過ごし、青年になってからはワーキングプアの坩堝に投げ入れられる。

当然この年代には立派な青年もいるわけだが、上記の怨念に満ちたメールを読むと秋葉原事件の加藤智大や名古屋の大野木亮太など同様、現代の奴隷制度の中から立ち現れたモンスターという側面もあるように感じる。



文面の中に彼が少年時代に経験したオウム真理教事件も色濃く反映しているように、そういった時代風景を背負った年代の青年が道を誤るか正道を歩むかは、ある意味で個人的ななんらかの分岐点があるのだろう。



そういった観点からすでに昨年のトークで彼にまつわる感想をしたためているので再録したい。





                        ◉





遠隔操作ウイルス事件。



片山祐輔容疑者(30)は無類の猫好きだったらしい。

この案件、Cat Walkと関係あるようなないような。

メンバーの皆さんの中には鼻をつまれる人も居るかもしれないが、私は彼をCat Walkのメンバーに入れてもよい、と思った。



いくつかの情報を繋ぎ合わせるに、小学時代から今まで彼は世間から疎外された人生を送って来たようだ。

そういった人間が何らかの事件を起す。

昔からよくあるパターンである。

江ノ島の猫につけた首輪に仕込んだそのチップの中にも自分の人生があることで大きく軌道修正されたという恨みのようなものが書かれているらしい。



そんな彼の人生とその風貌を窺いながら13年前のある日の夕刻、渋谷ハチ公前広場での胸の悪くなるような小さな出来事を思い出す。



私のそばにいる4人の女子高生が雑踏の向こうを指をさしながら笑いころげていた。

何事かと、その指さす方を見ると5、6メートル離れた雑踏の向こうに同じ年代と思える一人の私服の少年がいた。

私はてっきり、女子高生とその少年は知り合いだと思ったのだが、どうも様子がおかしい。

指さされた少年は女子から干渉されたことに一旦ははにかんだ表情を見せるのだが、それはやがて青ざめた真顔へと変わる。



女子高生が口々に大きな声で仲間と顔を見合わせながら「キモーい!」と言ったのだ。

どうやら少年と女子高生は赤の他人のようだ。



少年は小太りでちょっとオタクっぽかったが、私には別段指をさされるほと変わった人間には見えなかった。

だがこういった年代には独特の嗅覚というものがあり、その嗅覚の投網に引っかかったということかも知れない。

少年は青ざめた表情で身を隠すように雑踏の向こうに消えた。

残酷な情景だった。



私は「てめえの方がキモいだろう、帰ってちゃんと鏡を見ろ!」と毒づいた。

女子高生は私に何かされると思ったのか、口々に奇声を上げながら交差点の向こうに走って行った。





                        ◉





思うに逆算すると片山容疑者はあの八公前の少年とほぼ同じ年齢である。

30歳にしてすでに頭は薄く、その面がまえも中年のように見受けられる彼が、その30年の年月の中で(あの女子高生が見せたような)数々の残酷な排除の仕打ちを経験したであろうことは想像に難くない。



だから他人のパソコンから逮捕に至るような危険な暴言を世間に撒き散らしてもよいということにはならないのは自明だが、世間から排除されてきた彼には、その痛みをすくいとる何らかの装置があったなら少しは健全な精神を回復できたのではないかと思ったのだ。

彼がCat Walkのメンバーであったなら、と思った所以である。



野良猫に餌をやったりする行動、そして猫カフェで猫を抱く彼の表情を見るに、彼は基本的には優しい男なのだろうと思う。





話は飛ぶが、それにしても、ネットで人を殺せ、殺す、と書き込むと逮捕に至るわけだが、街頭でそのようなプラカードを持って練り歩くぶんには逮捕されないというこの差異は何か。



昨今多国籍化している新大久保で「在特会」なる集団が頻繁にデモを行い、「善い韓国人も 悪い韓国人も どちらも殺せ」「朝鮮人 首吊レ毒飲メ飛ビ降リロ」などと書いたプラカードを掲げてねり歩いている。



こういった基本的人権を抹殺するような言葉の暴走を見逃す公安とは何か。

普通ネットでの言葉より、現実空間における言葉の方がダイレクトに人を傷つけると思うのだが。



そして遠隔操作ウイルス事件とこの案件はまったく無縁とも言えない。

これほど毒のある言葉を編み出すということは「在特会」なる面々もまた、その過去の生活の中で”排除”された経験があるということは考えられることである。

人はされたことを仕返すものである。



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