Shinya talk

     

 

2014/02/19(Wed)

NHK受信料支払い停止のためのカンタンガイド。(Catwalkより転載)

昨日のNHK受信料支払い留保の件に関しては多くの賛同をいただいているが、これはあくまで私個人の行為であり、くれぐれも藤原の意見への同調ではなく、自分自身の考えと判断のもとの行為としていただきたい。



しかしまた考えてみればこういった民主主義国家の中で一般庶民の意思が何らかの力を持ち得るという意味において、公共放送であるNHKの”一口株主”である私たちはそれなりの微力を持っているということであり、この件は一人ひとりの面倒をいとわないちょっとした努力が”世の中を変える”一助”になることもありうるひとつのケースであるのかも知れない。



しかし”日常をきわめて日常的に暮らしている人々”というものはこういったちょっとした日常の異化にも二の足を踏むであろうことは想像に難くないわけだが、しかしこのNHK受信料支払い留保の手続きに関しては案ずるより行うが易し、つまりきわめて簡単にその手続きは”気持ちよく”行うことができるので、ご自身の考えとしてそういった行為に出られる方のために私が経験した支払い留保手続きの手順を簡単に記しておきたい。



まず下記のURLのNHK受信料の窓口にあるフリーダイヤル0120−151515か有料ダイヤル050−3786−5003に電話をする。



http://pid.nhk.or.jp/jushinryo/toiawase/index.html





ナビダイヤルで3を押すとオペレーターが出てくるのでここで受信料の不払いを告げる。

オペレーターは名前と受信料支払い登録時の電話番号を聞いて来るのでそれを告げると、上司が出てくる。



上司という言葉が出て来たので”ウムいざ対決か”とちょっと居住まいを正すがこれが拍子抜けするように相手の物腰は親切かつ、考えようによっては”私の味方’とも受け取れる。



この上司とやらにここで受信料支払い停止の理由を話すわけだが「今回のNHKの会長や経営委員の発言が公平をむねとする公共放送の立ち位置を危うくするものであり、この状況が改善されるまで支払いを停止したい」というまっとうな話をするわけだ。



その男性の上司(名前を聞いたが失念)の方はなかなか感じのよろしい方で、聞きようによっては一般視聴者からそのような申し出があったことに我が意を得たという風にも受け取れるような物腰で、向こうの方から今回のNHK会長や2名の経営委員の発言の不備に関する抗議は私ども公平を守らなければならない立場にある者はもっともなご意見であり、そのことは謙虚に受け止め必ず情報として上げておきたい、と丁寧に対応。



と”ご理解”を得た上で支払い停止の話になるわけだが、昨今、ほとんどの視聴者の受信料は銀行の自動引き落としとなっているが、支払い停止に関してはわざわざ銀行に行く必要はい。

つまり支払いの変更ないし停止はおもしろいことにアナログチックにこの上司との話合いだけで済むのである。

その場合、留意しなければならないことは先方としては自分の方から停止をかけるわけにはいかず、先方としては自動振り込みシステムを停止し、2ヶ月あるいは半年ごとの手動振り込みに切り替えるということである(私の場合は最短の4月からの切り替えとした)。

そしてその2ヶ月ごと送られてくる振込用紙をこちらが無視するという時点において、支払いの停止の意思表明となるわけだ。



当然1年も2年も振り込みをしない場合は督促状が送られてくるわけだが「それでもなお払わない場合は差し押さえということになるのですか」と尋ねると「その場合は当方も一件一件相当の出費(時には受信料滞納金以上の)を要することになり何千、何万件ものそういった手続きをすることは現実的ではありません」



となかなかご親切かつ配慮に富んだ返事が返ってきた。



要するに簡単に言ってしまえば確固とした理由のもとの受信料支払い拒否に関してはNHKとしても強腰には出られないということである。



というわけでどうやら受信料支払い留保がそんなに大仕事ではなく、リスクもあまりないとわかった暁には私たちはその行為を「長丁場のゲームとして面ろう楽しんだらええやないか」(急に関西弁)というスタンスで臨んだらよろしいのではないかと思うのである。



出過ぎず引っ込みすぎず毎日同じルーティンで平凡な日常を送っている方々にはこういった日常異化行為はちょっとした気付け薬になると思うのだがいかがだろう。



毎日異化行動をしている耄碌の間近い船長のような者にとってはこういった行いはむしろ日常の一コマに過ぎないわけだが。


藤原さんこんなことアジってたらNHKの仕事なくなるんじゃないですか、とメールでご忠告する人もおられるが「俺はNHKの微々たる仕事より子孫の代の方が心配だ」と”ニッポンの老人”として当然の返信をしている。



     

 

2014/02/18(Tue)

公共放送であるNHKの瓦解は、メディアの将棋倒しの危険をひめていると言える。(Catwalkより転載)

流れてくるラジオをそれとなく聞いていると、ゲストに鳥越俊太郎氏が出ていて、例のNHK問題に関連して「不払い運動を起こすべきだ」としゃべって、アナウンサーは慌てて話しを他に振っていた。



Catwalk会員からの2月10日の投稿でも「NHK公共放送への権力の圧力を批判する行動をなにか起こせないものでしょうか」とあるが、機構を動かす立場にない私たち一般庶民にできることは鳥越氏がしゃべっていたようにNHKへの抗議の意味での「不払い」という行動である。



安倍首相が自ら任命権のある(NHK会長の任免権を持っている)NHK経営委員に埼玉大学教授の長谷川三千子氏や作家の百田尚樹氏など過激な右翼思想を持った4名のお友達を任命した意味とは12人で構成される経営委員のうち、4人の拒否があれば会長候補にのぼった会長はその拒否権によって選出されないという規則があるからだ。



つまり12人全部でなくとも4人の安倍の意中の人間さえ経営委員に送り込めば自分の思い通りのNHK会長がをつくることができるということだ。安倍という人間はほんとうに悪知恵に長けている。



その結果生まれたのがあの籾井(もみい)勝人氏という会長であるわけだが、ご承知のように就任会見の席で記者から従軍慰安婦問題のことを尋ねられ、とつぜんオランダの飾り窓の女(いわゆる娼婦)のことを持ち出し、娼婦は世界どこにでもいるのだから慰安婦をことさら特別視することもない、とも受け取られかねない愚鈍な迷言を発し、また特別機密保護法のことを尋ねられ「通ったものは仕方がない」などと自らが政府の人間でないにもかかわらずなぜか”居直り”とも取れるような発言をしたりと、あきらかに公平であるべき公共放送の長に不適格な人格であることを自から露わにしている。



とうぜんマスコミの非難を受け、国会では火消しのために謝罪の意を表したわけだが、人格というものは謝罪によって変わる種類のものではなく、彼が会見で露わにしたきわめて偏狭な”思想”は謝罪面の下でいまだにあぐらをかいているわけだ。



そんな中、公共放送であるNHKの存立がおそらく戦後もっとも”危ない”局面にさしかかっていることはNHK職員もひしひしと感じており、内部には今鬱屈した空気が充満していると聞く。



そしてこの局面を打開するのは当然時の政権であるわけはなく、弱体化した野党であるわけでもなく、NHKの一般視聴者以外にないという意見が出はじめているのである。



つまりNHKの財政を支える一般視聴者は企業で言えば一口株主のようなものであり、もっともNHKに対してモノが言えるのはNHKの財政を支えている一般視聴者に他ならないわけである。



そういう意味において当然公に口にすることは出来ないが、この危機を打開するためにNHK内部の社員自ら「不払い運動が起こってほしい」と思っている人が大変多いのである。



冒頭の鳥越氏の発言にはそういった意味があるわけだが、彼の発言にはジャーナリストらしからぬ穴がある。

それは「不払い」という言葉を使っていることだ。

現今の放送法にかかる法律では「不払い」とはひとつの犯罪であり、由なく不払いを続けるとそれは差し押さえの対象となり、法的に強制的に支払いを命じられるとともになにがしかのペナルティを課せられる可能性がある。



つまり不払い行動には視聴者としてまっとうな筋を通したロジックを持って臨み、軽率にも「不払い」という言葉を使うのではなく「留保」という言葉を使うべきなのである。



つまりこのたびのNHK会長の発言ならびに経営委員の発言や立ち居振る舞いは公共放送は公平であるべきとする「公共放送法」に抵触するものであり、その危惧が払拭されるまでNHK受信料支払いを一時留保する。というまっとうなロジックを携えて一介の庶民としての力を発揮すべきなのである。



そういった文言に関する、そして穴のないロジックの周到な準備の上に立って”不払い”行動を起こした場合、それを差し押さえでもって対処したとするならおそらく裁判では不利になるから相手はそう簡単には動けないわけだ。



それから鳥越氏の発言のもうひとつの穴というか弱さは”不払い’発言をしながら自分自身その不払い行動を起こしているかどうかの発言がなかったということだ。



このトークでいずれNHK問題に触れると書いたのはつまりその件であり、都知事選につづき、また今回も私はCatwalk号船長としてではなく”個人”としてNHKの危機が改善されるまで受信料支払いの一時留保を実行することをすでに早くから決めている。

これは公に言葉を扱う表現者としてきわめて自然な行動であり、そういった動きが作家その他の表現者から上がってこない方が不思議である。



余談だが、NHKの営業経由の情報になるが、視聴者の中にはそのような常軌をわきまえた方々が大勢いるようで今回のNHK会長の発言を期に静かな支払い留保行動が起こっており、すでに万単位に近づきつつあるらしい。



「この傾向がさらに進めばそれはNHKの存在理由の根底を崩すものですから、組合としてもその一般視聴者の動静を盾に会長の去就に言及できるようになる。それにはさらに数が欲しい」



NHKのある職員はそう言った。

     

 

2014/02/09(Sun)

漫然と既視感の海を生きる愚衆の海をクロールで泳げ君。

すでに3日前の6日、ある信頼すべき筋から舛添が対細川ダブルスコアで8時には当確を決めるという情報が入っていたが、投票前にこういったマイナス情報を流すのはよろしくないと思い控えていた。



そういう意味で今日の選挙結果は驚くにあたらぬにしても残念であることに変わりはない。

ただしこの都知事選挙の結果を見るに、私たちはすでにそれをケーススタディとする既視感を持っていることに思いが至る。



つまりそれは先の参議院選挙である。



思うに今回の都知事選は景気政策を前面に打ち出して自民党が大勝した参議院選挙からわずか半年しか経っていないのである。



それを支えたマジョリティを占める国民の指向性がわずか半年で変わるとは思えず、ましてや原発問題は時を経れば経るほど忘却され、それを争点とする条件としては半年前の参議院選挙よりも不利ということになる。



その意味で先の参議院選挙の直後にCatwalkトークで書いた私の選挙に関する観測はそのまま、今回の都知事選への観測としてそっくり当てはまるわけであり、今回の都知事選に関する私のコメントは、そのトークを転載することで十分だろう。



ただし、この平成という時代の”愚衆’の海とそれが醸成する強権政治の渦中において私の「メメント・モリ」の結びの言葉を再確認しておきたい。






            「私は決してあきらめない」





付け加えるならこの度の選挙、原発という人類の作り出した罪悪を子孫の世代、あるいは他の動物たちや自然から追放したいとする、自分のみならず他者への存在に思いを及ぼす大乗的と言える運動が負けたわけではない。



そのような人間としてのあるべき想念を持ち得ない自愛的烏合の衆の方が大乗的想念を持つ衆より数が多かったというだけの話だ。



その意味において人間として私たちは永遠に勝ち続けるだろう。




                            
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「あちら側の神経系とこちら側の神経系はどうやらどこかでぷっつりと切れている公算が大きい」



今年の夏前にいささかショックを覚える出来事があった。



6月のことだが、夏用のカーテンを作るために工務店の業者を呼んだ。



30代半ばの劇作家の三谷幸喜を小振りにしたような、感じのよい営業の青年がやって来た。

仕事もなかなか誠実で、持って来た資料の中に好みのデザインがないと言うと、わずかな賃金の工事のために暑い最中、大きな重い見本帳を何度も持って来てくれた。

そして二週間後に無事取り付けは完了した。



その日、お礼にと、近くのレストランで昼をごちそうし、四方山話をしたのだが、その折にふと原発のことに話を振ってみた。



「ところであなたのような勤め人は原発なんてどのように考えてるのだろうね」



青年は「えっ」と浮かぬ顔をした。



それからちょっと口ごもって言う。



「原発ってどうなってるんですか?」



「あれっ、知らないの?今福島の人が一つの市の人口の6万人くらい家や土地や仕事を失って全国に逃げているんだけど」



「へーっそんなことがあるんですか」



私は呆然とした。

あまりの無知に一瞬この青年はウソをついているのではなかと疑ったが、そのような青年ではない。



彼は中堅の大学も出て、都内各所に店舗を張る中堅どころの工務店の営業マンである。



頭も良いし、人間的にもすこぶる感じが良い。



それだけにこの”おそるべき”と言って差し支えない無知にはいささかショックを覚え、一瞬しばらく会話が途絶えた。



「あのう、たとえば君たち、お勤めをしている仲間で原発問題とかが話題になったりすることはないの?」



私は気を取り直してあたらな質問をした。



「えー、そういうのぜんぜんないですねぇ」



「ぜんぜんって、まったく話題にならないということ?」



「そうですね、これまで一度も話になったことはありませんね」



悪気もなく彼は淡々と答える。



「じゃどういう話をするの?」



「やっぱり仕事の話が多いですね。

あいつが大口の注文を取ったとか、

下請けはあそこがちゃんとした仕事をするとか、

だけどここ数年はどの会社もよくないですから、仕事の話をしていても暗くなることが多いですけど」





                          
                  ◉





その青年と別れてのちもいささかショックは長引いた。



そのショックとは、このような普通に常識的な会話の出来る青年が、人間の生き方の根幹にかかわる原発問題に関してまったく無関心だったということもあるが、それ以上に、そういう信じ難い人たちがこのような状況下の日常に暮らしてるということをまったく知らなかった私自身の無知にもいささかショックを受けていたのである。



思うにこの青年が置かれているポジションはおそらく企業国家日本という国の就労者におけるマジョリティ層を形成しているという見方が出来るだろう。

ということは日本で暮らすマジョリティを形成する人々は原発問題に無関心ということも出来る。

いやというより、何かを無意識に遮断しているのかも知れない。

意識的に、あるいは無意識に”耳を塞ごうとしている”のかも知れない。

「原発」その言葉は最終ステージの不治の癌のという言葉のように、もう”聞きたくもない”忌語であるのかも知れない。



そして何よりもこの青年とその仲間たちにとって彼らの関心は「原発よりメシの種」なのである。



私はその青年に会って以降、原発問題はこの日本においては広がりを見せないだろうと感じていた。

なぜなら青年はマジョリティ層を確実に形成する一人であるからだ。

つまり今回の選挙の争点のトップが雇用や経済で、原発問題が下位に来ていることは普通のことであり、なんら不思議なことではないのである。



かりに山本太郎が杉並区の選挙に出て、28パーセントの得票があったとするなら、案外それは大出来で、件の青年ショックがいまだに気持ちの中にくすぶっている私としては原発問題を、そして福島をわがことして考えているのは10人に1人、つまり10パーセントくらいではなかろうかと思う。



(日本の)世の中とはそういうもの、とたかをくくるつもりはない。

だが自分の隣に普通の生活を営んでいる人間の”神経系”というものは、あんがい神経系の異なる人々のそれとは繋がらず、ぷっつりとどこかで切れているのではないか、との思いを強くする、今回の選挙結果ではあった。


     

 

2014/02/04(Tue)

おめは敵だがら潰すわげにはいがね、という大人(たいじん)の思想。

今年99歳になるジャーナリストむのたけじが最近新聞紙上で興味深いことを語っていた。



ご承知のように彼は戦後すぐの1948年に秋田県で週刊新聞「たいまつ」を創刊。

1978年の休刊に至るまで反戦の立場から言論活動を続けた人で、最近も著作を著すなどいまだに現役である。

そこには単なる頭でっかちの左翼的反戦論ではなく、戦争体験を踏まえたリアリティがある。



そのように反骨の人であり、とうぜん反戦のみならず保守的な地方自治に対しても歯に衣着せぬ記事を書き続けた。



その彼がそのたいまつ16周年目に際しての著作を上梓したおり、地元の有力者から料亭に来いとの声がかかる。



不審を抱きながら呼ばれた料亭に行ってみるとそこには敵対陣営とも言える地元の有力者、元市長や市議長や商工業者らが居並んでいた。



なんとそれは敵陣営が開いた「出版記念パーティ」だったのである。



その席で元市長は言った。



「おめは敵だがら潰すわげにはいがね」



大した言葉だと思う。



そこには「敵ながらあっぱれ」という大人(たいじん)の寛容がある。



昔、地方にはそのように懐の深い人物がいたものだ。



その「敵だがら潰すわげにはいがね」という言葉はあのフランスの哲学者ヴォルテールの言った「私はあなたの意見には反対だが、それを主張する権利は命をかけて守る」という言葉と重なり合う。



”他者の権利を守る”というのは、人間の持つべき基本的矜持であり、特に為政者においては国家を健全に運営する上において必要不可欠な”思想”でもある。



かつて国を牽引する政治家というものはその為政者としての最低の矜持(思想)を維持していたと思う。



だが戦後はじめて一党支配を手中におさめた安倍政権、いや安倍 晋三という人物はこの為政者が保持すべき基本的矜持をかなぐり捨てた最初の首相となったと私は考えている。



百歩譲って秘密保護法の制定は、それは彼のひとつの政治的”信念”の顕現として甘受するとしても、その秘密保護法を評定する第三者機関であるべき諮問委員会に秘密保護法の推進論者を推挙し、あるいは公共放送のNHKの会長人事に手を突っ込むなど、そこにはその最低の”思想”がすっぽりと抜け落ちているのである。



この公共放送に対する圧力は早くもNHK内部において自主規制というかたちで現れており、私の友人のディレクターがこれまで根気よく取材を重ねてきた福島の子供の甲状腺検査に関するレポート制作の継続も、つい最近中止に追い込まれている。



この戦後初めての一党独裁の流れの中で、いま私たちは長らく堅持してきた民主主義すら危うい局面に立たされているのである。



私たち年長者は、そして表現者たるものは、いま世の中はしたり顔の”評論”のみに安住できない局面にさしかかっているということを自覚すべきだろう。





そのひとつの試金石がこのたびの都知事選における意思決定であると私は位置づけている。



「おめは敵だがら潰すわげにはいがね」



禁じ手を駆使して狡猾ともいえるさまざまな不公平な工作を労している国家の長たる安倍晋三には、このかつての大人(たいじん)の言葉というものが国家を健全に保つ上での為政者の持つ信念であるべきことを、あらためて問いかけたい。


     

 

2014/02/03(Mon)

Twitter拡散のお願い。

さきほど志のある新聞社の記者と話していて、恐ろしいことが起こりつつあることを知った。


安倍政権がNHK支配などを含むマスコミの政権批判を押さえ込むため、新聞など大メデイアに対する税制優遇(低減税率の適用)を持ち出しているという。

とうとう金(それも私たちの税金)で言論を封じ込めるところまで来ているわけだ。

私は今日乞われて細川のホームページにメッセージを寄せたが、原発問題も大事だが表現の自由に介入するところまで来ている安倍政権の強権の歯止め役になってもらいたいと書いた。





以下にそのメッセージを要約するのでTwitter拡散をお願いしたい。





【藤原新也、細川護煕への応援メッセージ】一党支配後のNHKや秘密保護法諮問会議のへの政権の意図的介入など、安倍政権の強権の乱用はBBCなど海外のメディアでさえ眉をひそめるほどです。今回の都知事選に自民党推薦者が勝利するなら、この強権志向にさら拍車がかかるとの危惧を抱きます。

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