Shinya talk

     

 

2013/02/27(Wed)

酒と薔薇の日々

今日の夕方見知らぬ人から電話があった。
というより私の門司港の友人Kの友人ということらしい。

「とつぜんこんな不躾な電話を差し上げもうしわけありません」

という言葉からはじまった、電話の内容は「アル中をなんとか治したい」ということだった。

「それでなぜ私に電話をして来たのですか?」

「K君が藤原さんは酒を止めるといったらピタっと止め、タバコを止めると言ったらピタっと止めることのできる人だから、一度話を聞いたらいいかも知れないと言っていたものですから」

私は酒をピタっと止めたことはない。
というより、30代のころ大酒を飲んで肝臓を壊したから止めただけの話だ。
以降、飲まないので酒好きの瀬戸内寂聴さんなどから「藤原さんは酒を飲まないのが玉に瑕」と口癖のように言われる。
確かに肝臓を壊しても、酒への未練が断てず、盗むようにチビチビ飲みつづけ、臓器というものは連動しているから他の臓器まで壊し、廃人のようになる人もいる。

「肝臓を壊しても飲み続けるとどのようになるのですか?」

私は医者に問うた。

「一度拝顔しますか」

医者は重篤な肝硬変を患って寝たきりになっている患者のところに往診に行く際に私を連れて行った。
ベッドに臥せった50代とおぼしき男の顔は死んだような目の周りに白い粉が吹いており、痩せこけ、肌はくすんだ土色をしていた。
私はアウシュビッツを思い出した。
ゾクっとした。
そのゾクっとしたリアルな感情は彼と私の身体がどこかで繋がっているというところから来ているのかも知れない。
ぞのゾクっと背筋が凍るような感情はずっと私の中に居残っていた。
私が酒を断つことが出来たのは、その言葉に出来ない感情があったからだと思う。

「ちょっと仕事に行き詰まったり、難しいことがあると酒に浸ってしまうんです。お会いしてお話が出来ればいいのですが、お忙しいと思いますので電話ででも話をおうかがいさせていただけないでしょうか。10分1万円お支払いするということで」

私はほどほどにあしらうつもりでいたが、金の話が出たことで気分が変わった。
10分1万円というような金の勘定までするということは、単なる甘えじゃなく、この人かなり追いつめられ切羽詰まっているのだな、と思ったのである。
聞くと栃木の高校で美術の教師をしているという。
性格は実に良さそうだ。

「いやお金がどうのこうのじゃなく、私はただの写真家のようなものでカウンセラーでも何でもありません。そんな人間が他人様と電話口のやりとり程度のことをしてあなたの症状が改善するとは思えないのです」

正直困った。
ひとりの人間が崖っぷちに立っている。
それは私とは関係のない赤の他人だ。
そのまま電話を切ろうと思えば切ることは簡単だ。
そして私に彼のアル中を治す能力があるとも思えない。
仮に私があの廃人であったら「私を見ろ」と体に穴が空くほど私自身の無様な姿を見せるだろう。
だが私は健康でぴんぴんしている。

だが彼は私にSOSを出している。

荒れる海にあって、どこかの船がSOSを出している場合、どんなリスクを侵しても私は自分の船の舳先をそちらに向けるだろう。
陸地だと違うのか。
……同じことじゃないのか。

「3月に入ってもう一度電話いただけますか。そのときまで、私のあなたに対する態度を決めておきます」

そう言ってその場をお開きにした。

一度会ってみようかとも思う。
そこで自分の無脳と能力のなさを思い知らされるのか、そうでない何かが生まれるのか。
それはさっぱりわからないことではあるが。


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ヘンリー・マンシーニ作曲の「酒と薔薇の日々」という歌をご存知の方もおられると思う。
20代のころ見た同名の映画で私はこの歌のおよそのメロディは覚えていた。
その歌がそらで唄えるようになったのは歌の好きだった兄が喉頭癌を患い、手術にかかる前に、もう声が出なくなるだろうとの思いで自分が好きだった歌10数曲をCDに吹き込んだ、その中の一曲だったからだ。

兄は酒が好きだった。
酒気を帯びて唄うその兄の唄う「酒と薔薇の日々」が妙に心に染み、自分も唄えるようになりたいと機会あるごとに歌い、覚えた。
下手の横好きで自分が覚えた歌の中でもっとも好きな歌かも知れない。

この「酒と薔薇の日々」という映画はアル中の映画である。
ジャックレモン扮するアル中のセールスマンと結婚した酒を飲んだこともない育ちのよい女性が、結婚生活を営むうちに酒を飲むようになり、二人してアル中にかかり人生を転落していくという筋立てだった。
転落しながら薔薇園を彷徨うふたりの姿が妙に美しい。



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昨日したためたトークには少なからぬ投稿をいただき、全部じっくりと読まさせてもらったが、酒にはひとそれぞれの思いがあるようだ。

そんな中、会員の中に長年アルコール依存症の治療に携わった方がおられ、内容を読むとその世界の深淵を覗き込んだかの印象が深い。
投稿の中にもあるアルコール依存症自助サークルというのは「酒と薔薇の日々」にも出て来るから依存症というものの歴史は長いのだろう。
会員の中にも依存症の方がおられるなら(半分冗談だが)読まれるといい。
どうやら映画のようには味わい深いものではないようだ。



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差出人 T.K.さん
題名 Kさんのこと アルコール依存症


藤原さま
昨日のトークの件でメールをしました。
私は精神保健福祉士という資格で、精神科病院に勤めています。
10年ほどアルコール依存症の専門病棟に勤務をしていました。
今は同じ医療法人のシステム部門に移り、電子カルテシステムの開発という全く臨床と離れた場におります。

アルコール依存症という病は不治の病です。
不治の病という意味は、酒を自らの意思でコントロールしながら適度な飲酒を続けられるような体には、一生戻らないと言うことです。
もし「自分はアル中だったが、今では上手くコントロールできる」という方がいらしたら、「その方はもともとアルコール依存症ではなかった」と、現代の医学界は回答するでしょう。

アルコール依存症からの回復とは、酒を上手に飲めるようになることではなく、酒を飲まない生活を死ぬまで続け、かつその人生を受け入れ楽しむことに他なりません。一生付き合わなくてならない、不治の病であることが大きなポイントです。

私の病院には、30年酒をやめ続けて「回復者」として人生を送ってきたにもかかわらず、何かのきっかけでいっぱいの酒に口をつけ、あっという間にぼろぼろになって再入院をしてきた方が何人もいました。
特別なことではないです。

アルコール依存症は酒に依存をしますが、本質は、「人間」や「関係」への依存です。
「関係」への依存は当然行き詰まります。
行き詰まった時の解決策として酒が使われているだけです。
誤った解決策なので繰り返します。
酒をやめても「関係」への依存から回復しない限り、他の何かに依存するか、また酒に戻るということになります。

回復の最初のステップはもちろん酒を断つことですが、依存の対象を安全で正しいものに変えていくことが次のステップです。
それが断酒会やAAと呼ばれる自助グループ(アルコール依存症からの回復者のグループ)です。
自助グループに依存することが、酒からの依存の第一歩です。

アルコール依存症者の「関係」へ依存するエネルギーは強大で、家族や会社は等に巻き込まれ、疲弊しています。
治療者も巻き込まれ、役には立ちません。
同じ病から立ち直っている回復者だけが彼らを回復の道に導けるというのが、現代のアルコール依存症治療の考え方です。

エリッククラプトンも重度のアルコール依存症者です。
彼も自助グループに通い続けて回復の道を長年歩いています。
日本にコンサートにやってきても、その夜は自助グループに参加しているそうです。

アルコール依存症にかかった人の平均死亡年齢は52歳と言われています。
10代後半から大量の酒を飲み始め、肝臓が耐えられなくなるのがそのくらいの年齢なのでしょう。
お酒に問題があったと言われる大物芸能人の死亡年齢もこの年齢の当たりに集中しています。
YやHなどはこの世界では有名な話しです。

Kさんはとてもまじめに、本当に酒をやめたいと思っているのでしょう。
今、一生懸命他に依存する何かを探しているのだと思います。
しかし、自助グループには依存したくないと思っているかもしれません。
なぜか?それは、「他の方法でやめられるのではないか?」つまり、「自分はまだアルコール依存症ではないのではないか?」という段階だからです。
アルコール依存症ではないと思っていると言うことは、「自分はお酒をコントロールできるはず」と思っていることに他なりません。
これを専門家は「否認」と言います。少しの間酒をやめても、また戻ってしまうのは、ここに落とし穴があるからです。
不治の病ですから、飲めるようにはなりません。
回復のための本当の最初のステップは「自分はアルコール依存症であり、アルコールに対しては無力である」ことを認めることです。
ここに落ちてくるまで(否認から抜け出すまで)、飲み続けるのです。
落ちる前に体が耐えきれなくなり、死んでしまうことも多いです。
アルコール依存症の回復率は、治療を始めた方の中で20%といわれています。

Kさんはいま、酒の代わりになるもの=他に依存するものを(無自覚に)必死に探しているのだと思います。
しかし、それは「また飲めるようになるために、今酒を止められる手立てを探している」ことに他ならないので、おそらく失敗してしまうでしょう。

藤原さんには釈迦に説法だとは思いますが、つい書いてしまいました。


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「酒と薔薇の日々」においても女房は旦那の依存症を治そうとし、その強大なエネルギーに巻き込まれ、いわゆるミーラ獲りがミーラになる。

T.K.さんの言によるとKさんは私に依存してきたということになる。

この底知れぬ奈落。

きりもみ状態で共に深みに落ち込むのか、あるいはその淵でとどまるのか、これが映画であればなかなかスリルに富んだシナリオあるわけだが、現実というものはそんなに甘くはないようである。

     

 

2013/02/12(Tue)

猫だけにしか心を通わすことができないという人生に追い込んだものは何か。


遠隔操作ウイルス事件。



片山祐輔容疑者(30)は無類の猫好きだったらしい。

この案件、Cat Walkと関係あるようなないような。

メンバーの皆さんの中には鼻をつまれる人も居るかもしれないが、私は彼をCat Walkのメンバーに入れてもよい、と思った。



いくつかの情報を繋ぎ合わせるに、小学時代から今まで彼は世間から疎外された人生を送って来たようだ。

そういった人間が何らかの事件を起す。

昔からよくあるパターンである。

江ノ島の猫につけた首輪に仕込んだそのチップの中にも自分の人生があることで大きく軌道修正されたという恨みのようなものが書かれているらしい。



そんな彼の人生とその風貌を窺いながら13年前のある日の夕刻、渋谷ハチ公前広場での胸の悪くなるような小さな出来事を思い出す。



私のそばにいる4人の女子高生が雑踏の向こうを指をさしながら笑いころげていた。

何事かと、その指さす方を見ると5、6メートル離れた雑踏の向こうに同じ年代と思える一人の私服の少年がいた。

私はてっきり、女子高生とその少年は知り合いだと思ったのだが、どうも様子がおかしい。

指さされた少年は女子から干渉されたことに一旦ははにかんだ表情を見せるのだが、それはやがて青ざめた真顔へと変わる。



女子高生が口々に大きな声で仲間と顔を見合わせながら「キモーい!」と言ったのだ。

どうやら少年と女子高生は赤の他人のようだ。



少年は小太りでちょっとオタクっぽかったが、私には別段指をさされるほと変わった人間には見えなかった。

だがこういった年代には独特の嗅覚というものがあり、その嗅覚の投網に引っかかったということかも知れない。

少年は青ざめた表情で身を隠すように雑踏の向こうに消えた。

残酷な情景だった。



私は「てめえの方がキモいだろう、帰ってちゃんと鏡を見ろ!」と毒づいた。

女子高生は私に何かされると思ったのか、口々に奇声を上げながら交差点の向こうに走って行った。





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思うに逆算すると片山容疑者はあの八公前の少年とほぼ同じ年齢である。

30歳にしてすでに頭は薄く、その面がまえも中年のように見受けられる彼が、その30年の年月の中で(あの女子高生が見せたような)数々の残酷な排除の仕打ちを経験したであろうことは想像に難くない。



だから他人のパソコンから逮捕に至るような危険な暴言を世間に撒き散らしてもよいということにはならないのは自明だが、世間から排除されてきた彼には、その痛みをすくいとる何らかの装置があったなら少しは健全な精神を回復できたのではないかと思ったのだ。

彼がCat Walkのメンバーであったなら、と思った所以である。



野良猫に餌をやったりする行動、そして猫カフェで猫を抱く彼の表情を見るに、彼は基本的には優しい男なのだろうと思う。





話は飛ぶが、それにしても、ネットで人を殺せ、殺す、と書き込むと逮捕に至るわけだが、街頭でそのようなプラカードを持って練り歩くぶんには逮捕されないというこの差異は何か。



昨今多国籍化している新大久保で「在特会」なる集団が頻繁にデモを行い、「善い韓国人も 悪い韓国人も どちらも殺せ」「朝鮮人 首吊レ毒飲メ飛ビ降リロ」などと書いたプラカードを掲げてねり歩いている。



こういった基本的人権を抹殺するような言葉の暴走を見逃す公安とは何か。

普通ネットでの言葉より、現実空間における言葉の方がダイレクトに人を傷つけると思うのだが。


そして遠隔操作ウイルス事件とこの案件はまったく無縁とも言えない。

これほど毒のある言葉を編み出すということは「在特会」なる面々もまた、その過去の生活の中で”排除”された経験があるということは考えられることである。

人はされたことを仕返すものである。





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