Shinya talk

     

 

2012/08/27(Mon)

何を言ってるんですか(3)。


自宅の火事(震災・原発)によって同時進行的に勃発したシリア内戦は久しく遠い対岸の火事であったが、一日本人ジャーナリストの死によって此岸の火事となったというのも皮肉なものだ。

トークの「何をいってるんですか」連夜アップを見てもわかる通り、あえて道化役を演じた私を含め”私は真実を知っている”風な投稿も含め、この内戦の実情を正確に把握している日本人はほぼ皆無と言っていいだろう。

というよりシリア問題に関してはさまざまに飛び交う情報に翻弄され、非決定の中でのゆらぎを持つ姿勢の方がよほど真摯な態度であると言える。



というのはこういった一見シリア情勢に詳しいと名のる、市井の人々の、あるいは学者の、そしてジャーナリストの観測は(イラク戦争時以上に同国深部への侵入がきわめて難しいシリア内戦情勢に関しては)それが海外情報であろうと、国内情報であろうと(第三者の憶測、観測、をソースとする)二次情報によって成り立っているに過ぎないからである。



とくにこのようなネット全盛における情報戦の坩堝に撹拌される時代においてはなおさらのことだ。

しかしたちの悪いことにこういった机上の二次情報をもとに寄せ木細工のように組み立てた”わたしの観測”というものは現場を見た人以上に確信と自信に満ちた物言いになるから不思議である。

反対に現場を見たものは得てして現実というものの複雑怪奇さの中で揺らぎが生じ、確信に満ちた物言いは逆に出来なくなるというのが私のこれまでの経験である。



今回の山本美香さんの一件に関しても、あれが日本人だと指差す(指示する)人物の写っている証拠物件に近い現場のビデオや司法解剖後に9発もの銃弾が貫通していた事実からも”狙い撃ち”であったことはほぼ間違いのないところだろうが、それは反政府側の自作自演であるのか政府軍によるものであるのかは正確なところはわかならい。

わかっているのは残念ながら同行した佐藤和考さんも含め”嵌められた”ということだろう。とすれば山本さんの死は反体制組織のプロパガンダとして機能した公算の方が大きいことになるが、それをもって反体制組織=悪ということにはならない。

戦争とはそういうものだ。







さてそういったこもごものシリアに関する混沌と鵺状態を整理する上においてもここはひとつ 私が本物だと思っているジャーナリストにコンタクトを取るべきだろうと思った。



先日の「何言ってるんですか」(1)のトークにも報道特集で放映された安田純平さんである。投稿では既成の大メディアは信用できないとの言もあるが、こういったラベリングにも弱点があって、それでは大メディアの報じることはすべてガセなのかというと中にはちゃんとしたものもある。



安田さんは2004年にイラクで人質になり、そのおりに自己責任の大バッシングが起こり、私はそれに関して世間がいくらバッシングしょうと、自分の信念に基づき同じことを!”しょうこりもなく”繰り返してほしいというコメントを出したことがあるが、彼はつまり性懲りもなく今回もレバノン側から5週間をかけ、ほぼ戦乱のシリアを縦断をしている。



ふつう世界地図に疎い人はただシリアに入ったというだけで皆同じように見えてしまうが今回佐藤和考さんと山本美香さんが入ったトルコからアレッポというの至近距離であり、シリア情勢に触れるにはもっともお手軽なコースであり、一説によると100ドルでシリアに入れますというブローカーも跋扈しているらしい。



当然彼らがそういったコースに乗ったわけではなかろうが、すでに既成のシリア詣でコースとなっているルートを選んだことが情報漏れにつながるということもありうるだろう。



そういう意味では5万円しか使っていないと言われる安田さんの辿ったコースはもっとも困難で危険なコースであり、私はこの性懲りもない男に会ってみたいと思うのである。



というわけでここ数日をかけ、なんとかコンタクトがとれ、29日(水)の11時からインタビューに入ることになった。

これはCAT WALK独自のチャンネルでビデオ放映することになる。

クローズサイトなので言えないことも言える。

ビデオというのは編集がやっかいで放映まで少々の日数を要すると思う。

     

 

2012/08/25(Sat)

何を言っているんですか(2)Cat Walkより転載。


投稿



M.I.さん



昨日の読者投稿には違和感を抱きます。



日本人で唯一シリアの奥地にまで入ってる安田純平が取材したシリアの街、ホムス〜ラスタンあたりの「自由シリア軍」の戦いを見れば、明らかに圧政に対する民衆蜂起です。


自由シリア軍が解放している街ラスタンでは、解放軍の元で自治がが始まっていて、政府軍の空爆を避けるために夜中に稼働しているパン工場の様子とか、しっかり実状を伝えていました。



そのうえで、昨日まで生活していた人の家が空爆され、死んでいく事実を捕らえていました。



こういうレポートは他にはありません。

自由シリア軍は、地区ごとにそう名乗っている反政府軍がいて、現場の判断で戦っているようです。

資金源は、安田氏が取材した場所では、既存の報道で伝えられているような外国からの援助は見当たりません。

反政府勢力側に欧米やサウジが援助しているという見方がステロタイプのように散見されますが、実際に現地を取材した報道でそのような実態を捕らえたものは見たことがありません。



にもかかわらず、T.Oさんのように「私には反政府側が正義の戦いをしているとはとても信じられません」という意見が少なからずあります。



思うにそれは、アサド政権がイスラエルやアメリカに対抗する力になっていて、アサド政権が潰れればイスラエルやアメリカが得をするので反政府勢力側を正義とは思いたくないという気持ちが先行しているのではないでしょうか。



しかし現実にはアメリカが反政府勢力に肩入れしている現場を捕らえた報道はありません。

8月23日の朝日新聞朝刊で川上泰徳氏が「アサド体制が崩壊すれば、シリアの同胞団は同胞団ネットワークの支援を受けて、新シリアの国作りで中心的な役割を果たすことになろう」と書いています。



アメリカが動かないのは、アメリカはアサドと敵対しつつも、シリアの反政府勢力を支援すれば、エジプトやパレスチナのハマスなど、同胞団ネットワークの支援を受けた政権ができることに力を貸すことになり、それを嫌っているからかもしれません。



とにかく真実は現場にあるはずです。アサドの政府軍による空爆や砲撃ですでに2万人以上の人が殺されています。そしてアサド政権は、ジャーナリストを抹殺する意志を持っています。



     

 

2012/08/25(Sat)

藤原さん、いったい何を言ってるんですか。

投稿
T.Oさん

山本さんの記事は少し一方的な報道を藤原さんが信じ過ぎているような気がしましたのでお便りしました。
といってもネット情報だけですが、以下ご参考にしてみてください。
特に日本の大手マスコミは小沢裁判・消費税・官邸前デモ報道で明らかになったように信頼に値しないと考えています。

私には反政府側が正義の戦いをしているとはとても信じられませんし、醒めるどころかイラク戦争のように日本が加担させられていくのをとても危惧しています。

http://yokodo999.blog104.fc2.com/blog-entry-729.html
http://rockway.blog.shinobi.jp/Entry/792/
http://rockway.blog.shinobi.jp/Entry/791/
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201208200001/



またしても私のトークにときおり発作的に出現するノーテンキと軽卒を指摘された格好だが、実は銃撃の疑惑に関してはなかなか鋭いその日の投稿にもあって、私の頭には入っていたのである。

投稿、August 23, 2012 1:26:02
A.M.さん

もう10年前ぐらいだったでしょうか・・山本美加さんをトークイベントでお見かけしたことがあって、このニュースはショックでした。

女性でありながら世界の紛争地を駆け巡っている・・・、
こんな人がいるんだと、驚きと感心を覚えていました。

彼女の語り口が、ジャーナリストっぽさというか、強い口調や激しい主張ではなくて、ひかえめなひっそりしたものだったのが今でも印象に残っています。
本物の人って案外こういう感じなのかなとその頃感じました。

ニュースで亡くなる寸前に彼女が撮っていた最後の映像が流れていたので、何度か見ました。

一緒にいた同僚の佐藤さんが、政府系と思われる兵士達にいきなり撃たれたと証言していたので、
そう思ってましたが、撃たれる直前、道路が(徐々に?)封鎖されたり、山本さんも「みんな逃げてる」と言ってるように、人がその場からささっと逃げている後ろ姿が映っていたりで、もしや(反体制派が)人払いさせて狙い撃ちさせたんだろうかと疑念がわいて、暗澹たる気持ちになりました。(ずっと携帯で連絡とりあっている者もいたり)YOUTUBEに遺体を映してメッセージを訴えてるのも出来すぎた感じがしたし、先日国連が撤退したり、どちらかというと劣勢なのは反体制派なのも疑念に拍車をかけました。

ただ、先ほど山本さんたちが契約していた日本テレビのニュース番組で、山本さんが倒れた後に、反体制派の誰かが同じカメラでその後を映していた映像が放送され、本当に山本さんが撃たれた後に戦闘になっていて、銃で応戦してる姿、人が負傷している姿がおさめられていました。

これを見ると、反体制派にまぎれていた政府系の兵士が急に撃ってきたというのが実際の状況だったのかもと今は思えてきます。
ただ、私には映像をよみとく能力が無いので、はっきり真相はわかりません。
カメラが銃にみえるような距離ではないようです。
また、銃撃の直前に「それは日本人だ」という声が入っているとのことです。意味不明です。

わかるのは、彼女が亡くなったことで、シリアのニュースがおそらく生前の彼女が想像しえないくらいに多くの時間を割いてテレビで流れている事実ぐらいです。
それほどに、シリアのニュースは事の深刻さに比べて少なかったと思います。
彼女もたくさん送っていたでしょうが、報道されたのはほんのわずかだったのでは。
最近はシリアのニュースは見かけてもほんの数十秒か数分のものしか見なかったです。
(全てのニュース番組にかじりついてるわけではないですが・・・)

日本からはるか遠くの紛争地で取材するジャーナリストがテレビの放送時間を獲得するのは、ほんの数秒、数分でも、本当に得難いものなんですね。
いろんな番組があって良いけど、NHKのニュース番組までがAKBトップニュースにしてたのは、度が過ぎる気がして、いったい誰がどういう理由でこういうの采配するのだろうと、考えてもつきとめられない疑問がぐるぐるかけめぐりました。

山本さんが倒れた後に起こった戦闘の映像には、負傷した男性の痛々しい叫び声が収められてました。
テレビから戦争の鳥肌がたつような恐ろしい現実を感じ取ったのは久しぶりでした。



「現代ネット」

「山本美香さんの銃撃死に疑惑説。」

シリア北部で取材中に銃撃されて亡くなったジャーナリストの山本美香さん(45)。遺体は25日にも日本に到着する見通しだが、山本さんの死をめぐって、ある「陰謀説」が飛び交っている。ズバリ、「山本さんは、反体制派のプロパガンダに利用されたのではないか」との疑惑だ。

山本さんのシリア入国を手引きし、同行取材させたのは反体制派武装組織「自由シリア軍(FSA)」だ。山本さんの遺体映像を、いち早く動画サイト「ユーチューブ」に投稿したのもFSAだ。山本さんは、FSAを信用していたのだろうが、こんな声が出ているのだ。

「映像では、ベッドに横たわる山本さんの遺体のそばで、FSAの兵士が『アサド政権の攻撃で殺された』と訴えていた。政府軍に比べて圧倒的に武力が劣るFSAにとって、唯一の有効手段は国際社会に現状を訴え、世論を味方につけること。

少しでもシリア政府の非道ぶりを訴えたい。

動画を投稿したのもそのためでしょう。

しかし、銃撃戦から病院搬送、ユーチューブへの投稿までの時間が短く、まるで山本さんが銃撃されるのを“予感”していたようでした」(軍事ジャーナリスト)
国際社会を味方にしたいFSAにとって、映像はインパクトがある方が世論を喚起できる。FSAがより“過激な映像”を求める可能性はゼロではない。

実際、英国の「チャンネル4ニュース」の関係者は、シリアの反政府組織に同行取材した際、「危険地帯に連れて行かれ、(死ぬことで)プロパガンダに利用されそうになった」――と証言している。山本さんの場合も、22日のトルコ当局の司法解剖の結果、「狙い撃ちされた可能性が高い」というから、何やら怪しいにおいがするのだ。気になるのは、シリア政府が、山本美香さんの殺害は反政府派の仕業だ、と主張していることだ。

戦場ジャーナリストの志葉玲氏が言う。

「さすがにFSAの自作自演はないでしょうが、投稿映像の使い方を見ていると、FSAが死者に敬意を表しているとも思えません。結果的に山本さんがプロパガンダに利用された面は否めません」

真相は明らかになるのか。



23日のトークの内容では私が(財政破綻のおり戦争をしたがっている)アメリカの犬になるという貴重なご指摘もあり、面白い内容だったが、掲載不可とあるのでやむなく掲載を自粛した。

     

 

2012/08/23(Thu)

代理戦争ではなく、どうやら民衆蜂起の匂い。

今回シリアの取材で亡くなられたジャパンプレスの山本美香さんが、シリアに入ったルートであるトルコ南部のキリスはシリアの国境と接しており、私も全東洋街道の旅の折りに、そのキリスから→アレッポに入っている。



これまで見たこともないような荒涼とした国境だった。



トルコ側のキリスから出国すると目の前はただ広漠とした瓦礫の砂漠があるのみで何もない。

その瓦礫砂漠の中に一本の人の踏み跡によって出来た道らしきものがどこまでも続いている。



どこをどう行けばシリア側の検問があるのかわからず、引き帰してトルコ側の検問に尋ねると、面倒臭そうに、あの道を行けと指差す。

つまりその踏み跡の道だ。

灼熱の太陽の下、瓦礫の中をゴロゴロと大きな荷物を引っ張りながら30分くらい歩くと、道の向こうに小さなバラック建てが見えた。



それがシリア側のお粗末な検問所だった。

検問デスクにはひとりの鼻が壁のようにでかい中年の軍服姿の男がおり、アレルギー性鼻炎なのかつねに鼻をクンクン鳴らしている。

クンクンしながら「ポル!、ポル!ポル!、ポル!」」とわけの分からない言葉を焦った感じでしきりに発している。

わからない、というと彼はニヤッと笑って両手でひょうたんの形を空に描いた。



それでハッと分かったのだが、彼は「ポルノ!、ポルノ!」と言っていたのだ。

トルコはイスラム圏でありながら唯一ポルノはおおっぴらに解禁されている国である。

しかし隣国のシリアは他のイスラム圏のようにこういった関係は非常に厳しい。



男が鼻をクンクンしているのはもともとアレルギー性鼻炎であろうが、その時、ポルノを思い描きながら興奮し、さらに鼻炎が高じたとも考えられる。

幸い私はトルコ女性の撮影のために映画雑誌を持っていた。

普通の映画雑誌だがこの中にはポルノ映画の記事もある。

私はそのページを開いて、これでどうか、と男に見せた。

男のクンクンがさらに激しくなり、上目使いに情けない笑みを浮かべ物乞いをするように私を見ている。

どうやら彼はこの”ポルノ”が欲しいようだ。



こういった検問では難癖をつけられることがよくあるから、男の弱みを掴んだ私は強く出て、睨みをきかせこれでOKかと雑誌を差し出すと、彼は雑誌を受け取るなりすぐに机の中に仕舞いこみ、ろくにパスポートの中も検証せず、入国の判子をバンッと押してくれ、情けない笑顔で両手を大きく広げた。



「どうぞ入ってちょうだい、ご自由に。お前はこの国でなんでもやってもいいよ!」



そんな感じだ。

これまで多くの国に入国しているが、いちばん馬鹿馬鹿しい入国だった。







何十年も前のことだから、おそらく現在はしっかりした検問所があるのだろう。

あの情けない検問からは想像できないのだが、首都のダマスカスに入るとこの国が周辺の国々を支配している軍事大国であることがよく分かった。

どこを見ても兵士だらけで、その次にレバノン山脈を越えて入ったレバノン軍などはシリア軍の茶坊主のような存在だった。



あの時の印象からすると、あの重装備の政府軍を倒すのは並大抵のことではないだろう。



さて今回山本美香さんが入って最後の撮影したという映像を見ると、おそらく入国時の最初のシーンに一瞬、白人の顔が映っているから、おそらく反政府軍側が外国ジャーナリストを募ってのバス仕立ての一員として山本さんは参加していたのだと思われる。



被弾したときの報道によると、街の向こうに迷彩服の集団が現れ、反政府軍と思い、それにカメラを向けたときに向こうが一斉に銃撃をはじめたという。



こういった報道は現場の様子と食い違うことがよくあるので、正確なところはわからないが、もし報道通りだとすると、油断があったのかもしれないと悔やまれる。



私もそうだが、海外で軍事施設や軍人にカメラを向けるのは細心の注意が必要だからだ。

遠くから見るとカメラ(特に望遠カメラ)は銃器に見えるのだ。

というより望遠カメラに似せた銃器というのも存在する。

場数を踏んでいる彼女がおそらくそういった初歩的なミスで命を落としたとは考えにくい。

正確な報告が望まれる。



                                 合掌


その後の少ない情報を拾い集めるに、今回の山本美香さんのケースは、たまたま政府軍によって銃撃されたのではなく狙い撃ちされたのではないかとの思いが強くなった。



アルジャジーラの報道によると政府軍はジャーナリストに対する攻撃の許可証を上層部からもらっているとあるからだ。



政府軍にとってジャーナリストとはロシア、中国以外の反政府的色彩の濃い、西欧諸国の手先のようなものであり、国連軍が撤退した今、情報漏洩を食い止めるにはまずジャーナリストを始末するということだろう。



反体制武装組織「自由シリア軍」を構成する部隊のアブ・ラアシド司令官も21日、AFP通信記者の取材に対し、山本さんは「アサド政権の部隊に狙われた」と語り、シリア政府側に銃撃されたとの見方を示している。



反政府組織によって誘導されていたその場に居合わせ、一緒に行動していたレバノン人やトルコ人ジャーナリストら3人も行方不明になっており、アサド政権側の部隊に拘束されたとの情報もあったが、その後の情報によると、このうちレバノン人記者はシリアから出国。残り2人パレスチナ人記者とトルコ人カメラマンは親アサド大統領派の民兵組織「シャビーハ」に拘束されたとある。



そういった情報に接して思うのは今回の件が2007年にビルマで反政府デモを取材中に政府軍から至近距離で殺害された長井健司さんのケースに酷似しているということだ。



そのように皮肉にも日本人が殺害されたことによってシリア問題が身近なものとして浮かび上がってきたわけだが、このシリア情勢に取っ付きが悪かったのは大震災に続く原発問題をかかえた日本はシリアどころではなかった、ということもある。


それからシリア内戦を「欧米サウジ(反政府勢力)vs中ロイラン(政府)の代理戦争」という構図で報道されすぎ、どうもこれは大国の代理戦争ではないかとの思惑が私たちの中に働き、醒めていたということもあるだろう。



しかしそのようなステロタイプな思惑とは別に、どうやらぎりぎりの民衆蜂起を強大な力を持つ体制側が容赦なく叩いているという様相が以下の3本の報道によって見て取れる。



山本さんの死を無駄にしないという意味においても、これからは大局報道に引き込まれるのではなく、自分の頭でシリアを考える必要があるように思う。



●TBS 報道特集
シリア 戦場と化した街:安田純平
http://www.youtube.com/watch?v=pbdqka5JdBs



●テレ朝 報道ステーション
シリア"解放区"潜入ルポ:遠藤正雄報告
http://www.youtube.com/watch?v=C5luSX9B4SM



●NHK
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0820.html







     

 

2012/08/21(Tue)

銀座の50万人。いわゆる日本の浮遊層。


これはここ10〜20年くらいの傾向だが、日本人一般およびテレビメディアに言わば”気持ち良くなりたがり症候群”と”踏みにじり症候群”のようなものがあたかも綾織り状態に心の基調をなしつつある。



事件モノにしろ、あるいはタレントの振る舞いにしろ一旦それが”不快の琴線”に触れると、斟酌の余地なく、これでもかこれでもかと踏みにじり、逆に美談のようなものが持ち上がってひとたび”快の琴線”に触れれば食いついて異口同音の賛美賞賛のたらい回し。

なんのことはない、美談に酔いしれるも、不快なターゲットを踏みにじるも、自分が気持ちよくなるための餌にありついただけの話。

そこに自分だけがあって他者がない。



こういった傾向はムラ的集団生活の同調圧力量の中で何かと”気持ちのよい話で盛り上がりたくなる”昨今の児童や青年集団の心の基調として顕著なわけだが、大人の世界においても今回のオリンピック事後の世界にそのような状況が再現されている。



50万人集まったという昨日の銀座のメダリストパレードは慶事としてはおめでたいことだが、私のような者にはここ20年のうちに平成日本人が培ってきた”気持ち良くなりたがり症候群”爆裂の一風景に見える。



それにかりにオリンピックのメダル数で世界一位になったというのならあの熱狂も許されるかも知れないが、こんなに大騒ぎするほどの成果を上げたわけでもなくこの騒ぎは過剰に過ぎる。

ここにはメダルを餌に国民マスコミ上げて”気持ち良くなりたがり症候群”に浸りたいという、さらに言うなら3.11以降増幅されつつある”根拠なき高揚”のひとつと言えるだろう。



帰国後そういった”気持ち良くなりたがり症候群” の嵐に曝されるメダリストも大変だと思う。テレビに出ても街を歩いていてもそういった症候群の餌食になってしまうのである。

そろそろ選手にもそういった自分が根拠なき高揚の餌食になっているところから来る嫌気が顔にちらほら出ている。

そしてこの症候群の様を見ていると、残酷さも浮き彫りになる。

オリンピック前は何かにつけヨイショされた藤原新や浜口京子は今いずこ?

メダルを取れなかった選手はもうそこには存在しなかったかのように影も形もない。

私がテレビのディレクターだったら敗者を掘り下げた番組を作るだろう。

なぜあなたは負けたのか。

そしてそのことによってあなたの人生は。

ひとつくらいそういった視点のマスコミがあってもよさそうだが、あのNHKでさえ”気持ち良くなりたがり症候群”の仲間入りでは救いようがない。







さて、ひとつお知らせ。

以下に主催者の情報を貼り付ける。



【8月28日ゲスト出演情報】藤原新也氏がゲストで出演します。

作家・柳美里氏が毎回ゲストを迎えての
新宿ロフトプラスワントークライブ
「柳美里語る」
第一回目はゲストに写真家/作家・藤原新也氏、作家・大野更紗氏をお迎えします。

震災後1年以上にわたって福島県南相馬市のミニFMの
パーソナリティとなり、地元の人々の「震災前後の街とひとの記憶」を
インタビューし続ける作家・柳美里が、
第一回目のゲストに指名したのは、3.11直後より東北の地に立ち、
なかでも福島に軸足を置き長期間の取材・撮影を続ける藤原新也氏。

そしてもう一人のゲストには、ミャンマー難民研究に取り組んでいるさなか、
自ら難病に見舞われ日本医療における「難民」となってしまった体験を
綴った著書「困ってる人」(ポプラ社刊)でデビュー、
池田晶子記念 わたくし、つまりnobody賞を受賞した大野更紗氏(福島県出身)。
藤原氏、柳氏、大野氏三人の共通点である「福島」、
そして「表現することが困難なものに取り組む」作家としての「生き方、書き方」を語ります。


8月28日「柳美里語る」シリーズ第一夜 「生きること書くこと」
ゲスト・藤原新也(作家/写真家)、大野更紗(作家)
場所・新宿ロフトプラスワン
OPEN 18:30 / START 19:30
前売¥1500 / 当日¥2000(共に飲食代別)
イープラス http://eplus.jp/sys/T1U14P0010843P0100P002082837P0050001P006001P0030001
新宿ロフトプラスワン http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/
新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 TEL 03-3205-6864

     

 

2012/08/13(Mon)

ロンドンオリンピック雑感。

年に一度の船の船底塗装や整備と重なって夜はいささか疲れていたのでロンドンオリンピックは熱心に見ていたというわけではないが、今回のオリンピックを見て感じたことに少し触れてみたい。



今回のオリンピックは過去最多の38個というメダル数獲得だったらしい。

だがその業績に反して妙な不完全燃焼感がある。それを閉塞感と言い換えてもいい。



というのはそれぞれの競技がトップに上り詰める所まで行って、その最後の壁を突き破ることが出来ず、ことごとく次点に甘んじることが多かったからだ。



こういった傾向の中で感じるのは昨今の若者に見られる自意識と他意識のあり方の問題だった。



「他意識」という言葉は私が自分で言っている言葉だが、読んで字のごとし、他者の意識ということだ。

その他者の意識が過剰に自意識を浸食し、個人を喪失せしめる、いわゆる集団内における他意識過剰という個人のあり方は昔の日本の村社会の典型でもあったわけだ。



私たちは戦後、産業構造的にはそのような村社会から脱したわけだが、そのムラ社会的DNAは一夜によって消え去るわけでもない。

今も会社という組織や学校という集団の中にそういった精神構造は色濃く残っていると言える。

年功序列、終身雇用という雇用制度で戦前的ムラ社会を継承していた会社という組織はここ10数年の西欧型成果主義によって壊れてしまい、個人が寒空の下に放り出される格好となったが、教育の現場にはいまだこのムラ的な澱が色濃く淀んでいる。



ひところ言われた”空気を読む”という、集団における同調圧力の中で自分の行動を規定する、いわゆる”よい子症候群”的行動原理は年月を経て下降線を辿っているかというとそうでもなく、最近の子供や青年のメンタルにはますますそのK.Y.の度合いが強くなっているように感じている。



それはいわゆるムラ社会的現象のひとつである”イジメ”がますます過激になっていることからも十分想像しうるところのものだ。



昨今、その自分を温存するために他者におもねる言動パターンはそのような教育現場で育ったテレビの中のタレントの立ち居振る舞いを見ればわかりやすい。

バライティ番組などを見ていると、お笑い芸人にしろタレントにしろ元気のいいはずの若者が、その場の空気を読んで出演者同士、視聴者、ディレクター、さらにはスポンサーにまで気を使った”気持ちのよい”発言を繰り返す。過去の就学時代のように、そういった行動パターンを維持することこそが彼らにとってのサバイバルのようなのだ。



当然同世代のスポーツ選手もこういった日本固有の”空気読み”の教育現場で育ったことに変わりはない。

今回のオリンピックでは闘ったあとに選手が異口同音にする”自分ひとりではなくみなさんのお陰”的発言はそういったメンタルをよく反映した言葉だ。

たしかにこのみなさんのお陰的発言は耳あたりがよく、聞く方としても謙虚で大変気持ちが良いが、私にはこのみなさんのお陰的メンタルこそが金への壁を破れない大きな要因のように思えるのだ。



意識とは筋肉の動きに密接な関係を持ち、背中に集団の重圧を背負った者の筋肉は萎縮するだろう。その萎縮が最大の正念場であたかも金縛りのように起きている。

試合を見ていてそう感じた。



とくにムラ社会的子弟制度が色濃く残る柔道の分野においてこの金縛り状態が顕著だったのは象徴的なことのように思えた。

柔道に限らず他の競技でも最後の最後で見えない壁が立ち現れ、敗れ去ってしまうというのは、この昨今の日本の若者に固有に蔓延する他意識過剰のなせるわざのように思うのである。



反対に柔道で唯一金を取った57キロ級の松本薫の場合、この人はそういった”若者現象”とはまったく無縁だった。

特に出番前の海外のメディアから”暗殺者”と呼ばれたその表情は、私はそこには他意識も、さらに言えば自意識すらなく、そこにあるのは”憑依”のようなものと感じた。

案の定、試合では他の日本選手が萎縮したのとは反対に彼女はガムシャラと言えるほどの恐ろしい力を発揮した。

おそらく150パーセントの力は発揮したのではないか。

あのオリンピックの大舞台で金を獲るというのは、そういうことだろう。

確かに他の選手も出番前にはそれなりの発奮の表情をするのだが、その表情の中には他意識や自意識が存在する。ここには大きな違いがある。



松本選手には麦茶の瓶から何やら妖精のようなものが出て来たのを見たという逸話があり、そのことがおもしろおかしく話題にされるが、私は彼女は本当にそれを見たのだと思う。



麦茶の瓶から妖精が出たなどと言えばイジメに合うような日本風土の中で、彼女はいままでよく生き残ったものだと思う。ひょっとしたら彼女は小さい時イジメに合っていたかも知れない。



しかし麦茶の瓶から出る妖精が見れるから闘いの現場で憑依という力が加わるのだ。

出番前に彼女はなにやらつぶやいていたが、落ち着いて落ち着いてと言っていたそうだ。

要するに彼女は他意識でも自意識でもない「第三の自分」に対してそのはやる気持ちを抑えようとしたということだろう。



そのように特異な存在である松本薫以外の柔道選手の多くは実力がありながらこのきわめて日本的な他意識過剰によって潰れたのだと思う。

それでは4年後のオリンピックまでそういった現代のムラ社会的精神構造が改善されるかと言うと、今の教育現場の空気ではますますその様相は深まりこそすれ弱まることはないように思う。



しかしそのムラ社会的メンタルはすべてマイナスに働いたということではなく、これまでのオリンピックで若者の姿が最もムラ社会的のように見受けられた今回のロンドンオリンピックではサッカー、バレー、卓球団体、水泳メドレーリレーなど団体競技ではこれまでのオリンピックでは最多数の8個のメダルを獲得している。

いわゆる協調種目においてはこの他者との同調的メンタルは吉と出たということだろう。



さて、この日本人固有の他意識過剰によって潰れる個人とは逆に、選手の中には自意識によって潰れる選手もいる。



マラソンの藤原新がそうだ。



私の名前と一字違いの藤原新は、何か私の親戚が走っているかのようなヘンな思い入れが生じ、注目していたのだが、結果は45位、2時間19分11秒と、これは女子マラソンのラドクリフの持つ記録2時間15分台にも大きく及ばない惨敗以上のみじめな結果だ。



狭い路地や大小約100カ所のカーブにも悩まされ、ストップ・アンド・ゴーの連続でダメージがあった。いったんリズムに乗っても、曲がり角で途切れてしまった。と本人は言っているようだが、この条件は走っている選手全部同じだから、解説はしない方がいい。



というより藤原はむしろ過剰な自意識に負けたのではないかと思う。

これはマラソンではよくあることだ。

ロス五輪で14位という惨敗に終わった瀬古利彦や、途中棄権に終わった増田明美にも同じことを感じたことがある。

藤原はそのタレント性で騒がれ、実力以上の期待感が生じてしまった。

そういったすべてのことが自意識となり彼の足を止めさせたのではないか。



特にマラソンという競技は自意識が走っているようなもので、自意識がなければ勝てない、しかしその自意識が自分の最大の敵になることがあるという不思議な競技である。

これは私の個人的な考えだが、マラソンという競技は35キロあたりから一機に選手の差が出るこれも不思議な競技だが、そのことはおそらくの35キロ地点というのは自意識に変化が現れる関門なのではないかと思う。自意識だけでは42.195キロは持ちこたえられないはずなのだ。



今回のロンドンオリンピックではそのように昨今の日本人の、特に若者の自意識、他意識のあり方とともに日本という風土をいやが上にも感じさせる大会ともなり、なかなか興味深かった。




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