Shinya talk

     

 

2012/07/05(Thu)

朝日新聞・寄稿(初稿)採録。

「3・11」から後、あらためて水俣病が注目されている。



企業のずさんな安全管理による破綻と有害物質の放出。

生物濃縮。

危機にさらされる国民の生活と命。

罪なき動物たちの犠牲。海の汚染。

企業のウソとそれに追随する官僚と政府……。

福島第一原発とチッソ水俣工場による環境汚染とそれに伴う企業や政府の対応が、あたかも双生児のように酷似しているからだ。



加えて水俣病の被害発覚後の住民と社側での折衝では、社側は居直り、これは「(心情は介さない)交渉ごとですから」と事務処理的発言をし、『苦海浄土』の作家石牟礼道子が「それはあんまりじゃありませんか」と問うと社は「これは文学的問題ではない」と切り捨てる。

この加害者側が居直り反攻姿勢に転じるという構図も先の電力会社の株主総会で同じ様相を見せる。



お手盛り事故究明の膨大な“いいわけ白書”への並々ならぬ偏執。

総会強行突破後の関電の社長の語気を荒らげた原発推進の弁などを見ると世間の過大な批判に曝されつづけている彼らは、総合失調症のひとつである(自らの命や財産が脅かされているという)迫害妄想の様相を呈しはじめているように思われ、これも水俣時と酷似する。



かくも左様に相似した二つの忌まわしい歴史が繰り返されているわけだが、水俣と福島は、そのすべてが軌一であるというわけではない。

水俣のメチル水銀は海洋に限定されたその性質上、被害の拡散範囲に地域性があるのに対し、福島のそれは、チェルノブイリ原発事故によって三重のお茶から160ベクレルのセシウム137が検出されたことが示すように、福島を最大被害地として日本のみならず全世界に広がる。

そして海底に沈潜するメチル水銀は浚渫埋却によって封印されたが、陸、海、空に拡散した核種放射性物質の封印は不可能だ。



そして水俣と福島の間にはもうひとつ私たちが十分に銘記していない決定的な違いがある。

それは水俣では土地や家(家族)は温存されたが、福島事故では、私たちは“国土を失った”ということだ。

そしてその国土に住む国民から土地や家を奪い、流浪の民に追いやったということだ。



この“原発難民”とも言える方々は人知れず私たちの傍らにいる。

福島では多くの悲惨を見て来た。しかし私が一番ショックを受けたのは房総の自宅付近のドライブインで昼食をとっている時、その目の前のテーブルに一週間飲まず食わず(比喩ではなく事実)で逃げ回り、憔悴しきった浪江町からの避難民家族がおられたことだ。



私はその“家族の悲劇”を目にした時、この日本という国は有史以来、はじめて国土を失い=g民を失った”のだなと痛感した。



さきに石原知事が守ろうとした尖閣諸島の面積は3・8平方`。福島の原発事故で失った国土は飯舘村だけでも230平方`。その総計はゆうに尖閣諸島の百倍にも及ぶだろう。



こんな一級の緊急時にドジョウの誠実を騙った野田さん、あなたはいったい何をしているのですか。



あなたは消費増税法案成立に政治生命をかけると言った。

どうやら大飯原発再稼働にも政治生命をかけているらしい。

しかし、いま一国の長が政治生命をかけるべきは、この神代以来の広大な国土の喪失にどう対処するか。日本を壊滅に導くかも知れない四号機倒壊阻止への全力投球。

そして路頭に迷う国民をどう救済するかであることは明白である。


                     ◉



文化放送で朗読された(朝日新聞、最終稿)とは若干異なる。

後半の4分の1(4分50秒)から。



http://podcast.joqr.co.jp/podcast_qr/ootake-opening/ootake-opening120704.mp3



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