Shinya talk

2018/10/31(Wed)

焼き肉ご馳走にあたいする青年だった。(CAT WALKより転載)

昨日、私のアトリエに一人の中年と一人の青年が来た。

マンションの名義変更のためにこれまで何度か顔を合わせている不動産業者である。

昨日はその仕事の閉めということで完成した書類を持参した。

青年はこの仕事の実務担当で、ひとりはその上司。

こういった簡単な仕事は担当者一人で十分だが、上司は仕事の終わりに際して挨拶に来た。



書類を受け取り、しばしの四方山話になったとき、不動産の仕事が昨今IT化され現地を案内するようなことが少なくなったという話が出た。

現場を写した立体動画を収録したゴーグルを客に渡すことが多く、仕事が味気なくなったというのである。その不満が30代の若い者の方から出たのが意外だった。

この一家言あるらしい青年は私が世界を歩いた物書きということで聞いてみたいことがある風で話題はトランプや北朝鮮の話になった。

青年は中国や北朝鮮は危ないので日本も軍備をちゃんとする方がいいとも言った。



青年は昨今ありがちな体制順応型の少々右っぽい感じのする青年だが、以前このトークで出てきた福島第一原発事故がどのようなことかすら知らなかった工務店勤めの「カーテン青年」に比べると、世の中のことに関心を持っているだけましだった。

そういった国際政治の話の流れで話題は自然と昨今タレントも巻き込んで展開されている安田純平解放に絡む自己責任の話に及んだ。



青年は世の中のアベレージな考えを持っているようで自分たちの収めた税金が人質解放に使われることに釈然としないという。

そこで話をわかりやすく持って行くために私は大使館の話をした。



「世界各国に大使館があるだろ。

当然あれも君が収めている税金で運営されているわけだが、大使館というのはその国との実務的橋渡しもしているが、もう一つの役割は、その大使館の置かれている国の情報収集なんだ。

むしろこちらの役割の方が大きいかもしれない。

世界各国の現場から送られてくる生な情報は外交に生かされるとともにその国の経済活動の指針にもなるわけだ。

だがそういった情報収集の出来ない国というのがある。

今話題になっているシリアがそうだね。

日本は紛争が激化してきたということでシリアの日本大使館を2012年に閉鎖しているんだ」



「へえ大使館のない国があるんですか」



「そうだよ。シリアでは日本は情報収集の手段を完全に失っているわけだ。

当然大使館のみじゃなく、情報取得を専門とする新聞雑誌テレビなどのマスメディアも昔と違って昨今は安全管理が優先され、このような紛争地に入って報道というのはまずなくなり情報の空白地帯ができあがる。

そんな国に安田純平は入っているわけだ。



君たちは知らないが、こういったフリーのジャーナリストの発信する情報は自分たちが知り得ない情報も含まれていたりするから外務省はひとつの実務として集めている。国際情報官室という諜報部署がこれにあたるんだね。

ましてや大使館を閉鎖して完全に情報の空白地帯となったシリアなどの情報は非常に貴重だ。中東が石油産出のメッカということもあり、どんな情報でも喉から手が出るほど欲しい。

外務省は表向きは紛争地には行くなと言いながら、そこに赴いた者の発信する情報はちゃっかり収集しているということだね。



以前シリア政府軍が毒ガス兵器を使ったのではないかという国際的非難が起きたが、かりに現地に入っているフリーのジャーナリストがその証拠を掴んだりなんかすると国際情勢は一変するというようなことも起こりうる。彼らはそういう意味で国際情勢のキャスティングボードを握る場合もありうる。



そういう意味では命知らずで現地に入り込んでいるジャーナリストのもたらす情報というのは貴重だし、結果的に国益にも寄与することになる。君の税金がジャーナリスト解放に使われたとしても彼らのもたらす情報は時には日本経済運営にも寄与しているわけだから無駄ではないということだ」



「だけど彼らはそもそも日本の国益のためにシリアに入ったわけじゃないですよね」



「そうだね。結果的に国益に寄与しているかも知れないということだ」



「それなら彼らのために税金は使う必要はないと思うんですけど」



「確かに日々利潤追求のために働いている君のその考えは一面正しいかも知れない。

だがひとつだけ君が見落としていることがある」



「何ですか」



「社の利益になるか、国の利益になるか、ということが評価となる世界を君は生きているわけだが、世の中には異なった価値で動いている人もいるということだ」



「どういう利益ですか」



「人益だね」



「……?」



「人類益という言い方も出来るかも知れない。

今回の安田純平解放問題に絡んで学者から弁護士からタレントまでからんで色々な意見が飛び交っているが、アメリカで野球をやっている君より若いダルビッシュが一番明快なことを言った。

彼は危険な地域に行って拘束されたのなら自業自得だ!と言っている人たちにはルワンダで起きたことを勉強してみてください。

誰も来ないとどうなるかということがよくわかります、と言ったんだ。



彼は94年にフワンダで起きた100万人にも及ぶという大虐殺のことを言っているわけだ。その映画を見たらしい。

あの国ではジャーナリストも虐殺され、誰もその国に入らなくなり、そう言った中で凄惨な殺戮が起こった、そのことをダルビッシュは言っているわけだ。

いかにも海外でもまれた青年の意見だね。

世界でもまれているサッカー選手の本田圭祐も安田を擁護している。

反対に自己責任を声高に言う人間は自分の国に自閉した者が多いのが面白い。



そのダルビッシュが取り上げたルワンダのようなことがシリアでも起きないわけじゃない。ルアンダ同様情報が閉ざされているためそこで何が起こってもわかならい。



つまりこういったジェノサイドを報道することは国益などというちっぽけなものではなく、この地球に生きるすべての人のための人益なんだね。

そういう考えのもとで命を張っている人間もいるということを君たちのような者は知る必要がある」



「だけど自分はシリアで人が殺されようとルワンダで人が殺されようと何か知ったことじゃないというか、あまり身にはつまされないというか」



私に対する反発がそのような言葉を吐かせるのか、それが青年の本音であるのか釈然としないまま、私はその言葉に怒りを覚え、ついお前と言った。



「お前のようなヤツがいるから世の中が腐っていくんだ。お前、恋人はいるんかい?」



「いますよ」



「何て言う名前?」



「◉◉です」



「◉◉ちゃん料理は上手?」



「最近はふぁふぁのオムレツに凝っていて、すごく美味しいです」



「おめでたいことだな。

君が彼女のアパートに行って彼女が作ったそのふぁふぁのオムレツを二人で食いながらテレビでバライティ番組を見ている最中にだな」

「はい」

「とつぜんドアを蹴破って入った来た自動小銃を持った複数の大男が、いきなりお前に銃を突きつけ、お前の目の前で◉◉ちゃんを輪姦してだね。

そのあげく彼女の肛門に自動小銃の銃身を突っ込んでダダダッと弾をぶっ放したらどうする」



「やめてくださいよ、そんな話」



「やめない。これはモンゴルで実際にあった話なんだ。それ以上にここでは口に出来ないような凄惨な話もたくさん記録されている」



「そんな残酷なこと、誰がやったんですか」



「中国の漢民族だ」



「やっぱり危ないじゃないですか、中国というのは」



「うん、そこはちょっと一致しているかも知れないな。中国は確かに危ない。

モンゴル人の虐殺だけじゃなく、チベット人を大虐殺して傀儡国家を建てている件でもそうだが、今は新疆ウイグル地区で報道管制を引いて100万人もの政治犯と言われる者たちを強制収容して日々拷問をしている。君もいつまでもふぁふぁのオムレッツを彼女と一緒に食べられると思ったら大間違いなんだ」



「どういうことですか?」



「俺は右翼でも左翼でもないんだけど、かりに日本と中国の間に戦争が起こり敗戦した場合、日本のチベット化、ウイグル化はまったく起こりえないことではないと思っている。

つまり君が彼女と一緒にオムレッツを食っている最中にあの目を覆うような凄惨なことが起こるのというのは、まったく荒唐無稽な話でもないということだね。



中国はチベットでナチスがユダヤ人を殺した以上の人間を虐殺しているわけだが、かりに日本でそういうことが起こっている最中にだな、

たとえばどこかの国の青年ジャーナリストが日本に潜伏してその状況を世界に発信し伝えようとする。

自分の彼女を輪姦の上虐殺された君はその青年のことをどう思う?」



「……」



「かりにその青年が中国当局につかまり、運良く外交交渉の末帰国が叶ったとする。

だがその青年は自国に帰るなり自己責任のバッシングの嵐に遭い、つるし上げられる。

君はそのことをどう思う?」



「……」



「つまりなだ、君は今そういう人益のために命を張った青年を国益に反するということでバッシングに荷担しょうとしている心の狭い人間ということだ。

今この日本ではそういう馬鹿者が雨後の竹の子のように気持ち悪いほどうようよしているということだな」



黙って聞いている上司は時間のことを気にしている風で「◉君やっぱり先生の話はちゃんと聞くとためになるよね」とつまらないおべんちゃらを使う。



だが少々とんがった青年は案外素直なところを見せ「いまのような自分のこととして話を聞くとなんとなくわかったというか、そういうことは思っていなかったのでためになりました」と言った。



私は今度焼き肉をごちそうするよと言って別れた。

自分の話を納得してくれたからではない。

こういった一介の会社勤めの青年が少々偏った考えであっても世の中や世界情勢に興味を持っていたことが嬉しかったのである。



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