Shinya talk

     

 

2013/10/30(Wed)

一流ホテルさえこのざまだからという負の想像力の必要な時代。



「福招庵さん?

あんたんところのうな丼についてちょっと聞きたいんやけど、

ご主人いらっしゃる」



「はい、わたしですが」



「昼あんたのところのうな丼食ったんやけど、あれ出来合いのパックを電子レンジでピッってやって客に出したもんやな」



「え………」



「黙っとってもわかるんや、一口食って残したんやけど」



「残したんですか」



「それも気づいてないんか、あれパックやろ、正直に言え」



「……そうですね」



「お吸い物もパックやろ」



「………」



「飲んだらすぐわかるんや、ごまかせん、正直に言え」



「そうです」



「あんたんとこと立ち食い屋か」



「立ち食いじゃないです」



「バカ野郎!!

代官山にちゃんと店舗を張って何十年もなる立派な店がなんで汁物がパックなんや」



「あれ、ウナギについてくるもんで」



「それじゃ味噌汁はどうや、あれもパックやろ」



「そう言われればパックかも知れません」



「知れませんって、おまえがパック仕入れて作っとるんやろが、俺10年前にお前のところの味噌汁飲んで、ちゃんと出汁をとってない味噌汁とわかってそれ以降行ってないんやけど、今日はたまたま魔が差したというか、飛び込んだんやな。

まあ10年も経てば味も変わっとるやろう思うて。

やけどこのざまや。

味噌汁くらいちゃんと作れこのボケ!」



「出汁からとるんですか」



「…………………おまえ、何屋さん?」



「料理店です」



「味噌汁、出汁から取るってこれ常識やろうが、そんなこともわからんのか」



「………」



「ウナギはもうどうでもええが、今度もう一度食べに行くから、ちゃんと出汁を取って自分で味噌溶いて作った味噌汁出せ。

変な味噌汁出したら承知せんからな」





とまあ、これは今日できたてホヤホヤの電話のやりとりだが、このバカ野郎にはさすがの私も頭に来て、はしたない言葉を使ったが、ここのところのホテルのレストランでの偽装工作、関西だけかと思いきや出るわ出るわ北から南まで偽装のオンパレード。

世の中全部がブラックじゃないでしょうか、という一主婦の言葉が身にしみる昨今だが、私たちは今回の件では一流ホテルがそんなことを、ではなく、一流ホテルさえこのざまだから、普通の町の料理屋では何が起こっているかわからない、という風に考えるべきだろう。



そのサンプルが今日の一件であるわけだが、味噌汁を出汁から取ることが特別なことと思っている信じがたい料理人が客にメシを出している世の中なのである。

この福招庵という店は私の仕事場から歩いて5分のところにあるのだが、店構えはなかなか立派である。

さきほど話した主人というのは若かったから先代がなくなって後を継いだのだろうが、先代(10年前の飲めない味噌汁を作った人間)のパック味噌汁という技もちゃんと引き継いだということだろう。



驚くのはこういった店にもそこそこ客が入っているということである。

味のわからない人間がこの世には大勢いるということの証でもあるが、最後に若造に一言言って電話を切った。



「あんたな、一度お客さんに美味しものを食べさせようという心構えをもってくれよ。

それはあんたの店の将来にもつながることやし、あんた自身そんななげやりなメシ作って暮らすと、あんたの人生もなげやりなつまらないものになるんや、わかったな」



     

 

2013/10/02(Wed)

手品師が一番いやがるお客さんでいること。


昔トルコのイスタンブールでヤクザの見張る買春宿の居並ぶ一角(ゲネレブ)があった。



一角には頑丈な門扉がありそこにはヤクザの見張りがおり、門から入った各家にもヤクザが見張っていた。



その現場を撮影しょうとしてイタリアのカメラマンが袋叩きに遭って血だらけで門の外に放り出されたという曰く付きのところだが、そこを撮影するために一計を案じた。



観光客を装い、腕組みにし、体を横向きにして肩からぶら下がるカメラのシャッターを押すということをやったわけだ。

その際、シャッター音をかき消すために大きな咳払いをするという手の込んだことをやった。

ただし現場が薄暗く、咳払いによってカメラブレが起こるため、ホテルで予行演習を何度もしたものだ。







                         ◉







昨日の安倍首相の消費税増税会見を見ながら、なぜかふと私はあの時の自分の曲芸を思い出した。



「復興特別法人税の前倒し廃止」という不埒な政策をかき消すための「消費税増税」という咳払いをするという曲芸だ。



「消費税増税」と「復興特別法人税の前倒し廃止」とは何の関係もない別々の事案であり、本来別々に発表されるべき筋合いのものである。



すでに前々から決まっていた「消費税増税」よりとつぜん持ち出された「復興特別法人税の前倒し廃止」の方が寝耳に水で、報道と論議に値する案件であることは一目瞭然なのだが「消費税増税」の”ことの大きさ”に報道も世間の論調も引きずられ、安倍の手法は半ば功を奏したと見る。



私たちの所得税は25年間、税額に2.1%を上乗せするという形で徴収され、住民税は10年間、年1000円引き上げるにも関わらず「復興特別法人税」というものがわずか3年間というこの優遇処置と不公平をうかつなことに私は知らなかったが、さらにそれを1年前倒しで廃止するというのである。

この理不尽をうすらぼんやりと見送っているマスコミも完全に”安倍マジック”に洗脳されていると言わざるをえない。



思うにこの「復興特別法人税の前倒し廃止」というのは、かねてより財界からの要望が強い法人実効税率引き下げを留保する”見返り”案として安倍と経団連の間で密談されたとも勘ぐることもできるだろう。

昨今財界べったりの安倍は国民の見えぬところで経団連の老醜と何を話し合っているかわかったものではない。



だいたい「復興特別法人税の前倒し廃止」による企業の内部留保増大分を労働者に還元配分し、それによって消費を拡大、それがまた企業を活性化するし、それが成長戦略に繋がるというほど復興特別法人税が巨万の額を占めているわけでもない。



内部留保を社会や労働者に還元するというなら、なにも「復興特別法人税の前倒し廃止」を待つまでもなく、今現在においても企業の内部留保は腐臭が立ちのぼるほど”腐るくらいにある”のだから、どこかの予備校教師の言葉ではないが”やるなら今でしょ!!”の世界なのである。



つまり還元する意欲と誠意があるなら「復興特別法人税の前倒し廃止」を待つまでもなくすでにやっているということだ。

ということは「復興特別法人税の前倒し廃止」が履行されたとしてもそれは十分に”還元”されることなく、新たな内部留保の財源になる可能性が大。



企業の内部留保は現金貯蓄のみではなく当然土地や建物にも投資されているわけだが、このニッポンの企業の溜め込み癖こそが国(社)栄えて民滅びる、日本固有のいびつな経済風土を生んでいるひとつの要因であることは疑いようのない事実である。



大企業の内部留保だけでも461兆円というあのベルルスコーニもあっと驚く天文学的数字。

さらに10年間ごと100兆円が増加するこの恐るべきだぶついた贅肉の肥大。

ちなみに2011年3月期の内部留保ランキングは、



1/トヨタ自動車/13兆8630億円



2/本田技研工業/7兆7826億円



3/NTTドコモ/4兆7250億円



4/キヤノン/4兆3141億円



5/パナソニック/4兆1662億円



6/日産自動車/4兆24億円



7/三菱商事/3兆4946億円



8/東京電力/3兆2652億円



9/ソニー/3兆876億円



10/関西電力/2兆4595億円



それぞれが国家か?と錯覚するくらい巨大である。



絶対損をしない『総括原価方式』に庇護されている東電(8位)、関電(10位)、中電(20位)がランクインしているのもふざけきっているわけだが、国から3兆円の支援を受けた東電の内部留保がまだ3兆円以上もあるというのはブラックユーモアである。

あきらかにこの国は狂っている。



ちなみに調べてみるとたとえばトヨタ自動車の内部留保13兆8630億円はあのアジアの大国インドネシアの国家予算13兆6510億円に相当するわけだから、つまりトヨタ自動車というのは”国家”なのである。





                          ◉





というわけで、今後安倍が大きな咳払いするときには、その裏に何か隠したい案件が潜んでいるのではないかと冷静に事態をみつめる必要ある。



昨日の会見でもそうだが”人相鑑定家”の私が観るところ、最近安倍は言葉巧みな手品師の立ち居振る舞い、面構え、に似てきている。



手品師が一番いやがるのは衆目を注意を逸らすべくブラフをかける手以外のところを見つめている醒めた客だが、逆を言えばそういう風に安倍と現政権の行状を見つめる楽しみもあるということだ。

     

 

2013/10/01(Tue)

食えない詩人と世間の向こうにいる高校生とのクロネコセッション。

詩人とは失業者の別名と言った詩人がいる。

「私は小説家です」と言った時、その言葉を聞くと”ああ小説で食っているんだな”と思うわけだが「私は詩人です」という言葉を聞くと”ああ詩を書いているんだな”とは思うが詩で食ってるんだなと思う人はまずいないだろう。


かくも左様に詩は経済行為に結びつかない表現である。


今回Cat Walkフォトアワードの審査のおひとりとして参加していただいた伊東友香さんは詩人だが、当然食っていけないからふだんは会社の経理で働いているとのこと。

フォトアワードは基本的には私が審査するが、プロの目で見たものではなく、素人の方が自分の好きな写真を一点選んでいただくというプレミアムも必要と考え、出版社からの紹介で入っていただいたのが伊東さんである。


その伊東さんが(やっとこさで)何冊目かの詩集を出された。
昨今、売れない詩集を出してくれる出版社はないが、この詩集は不登校児の通信高校の生徒とタッグを組み、伊東さんの詩に高校生がイラストをつけるというひとつの方法論が功を奏して出版にこぎつけたらしい。


”クロネコ”とは自からの中にいる収まりきれない感情の暗喩であり、撃ち殺したくなったら、というのはおそらく自分の心に刃を向けたくなったらという意味のように思える。


高校生向けということでストレートな言い回しの詩が多いが、そういう言葉の方が子供には響くのだろう。


こういった本はなかなか売れないということでいろいろと”行商”しているらしいが、とある猫愛好団体にコンタクトをしたところ”猫を撃ち殺すとは何事か”という会員からのクレームが入り、とりあってもらえなかったというエピソードもあるらしい。


ご興味のある方は応援のつもりで買ってほしい。


とくに中高生のお子さんをお持ちの方にはよいかも知れない。


出版元「学びリンク株式会社」


〒102-0076 東京都千代田区五番町10 長島ビル2F
TEL:03-5226-5256 FAX:03-5226-5257
E-mail:info@stepup-school.net


 


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以下出版社(学びリンク社)などの内容紹介から。


 


「10代は人生で一番辛い」そう話す詩人・伊東友香が自身の思春期を振り返り


高校生と交流し、生み出した弱った心にひびく詩集。


本書を彩る絵画は芸術を学べる通信制高校 北海道芸術高等学校の生徒たちが描きます。


 


~作者からのメッセージ~
子供であることは大人であることより、 よほど辛い。
好きで生れてきたわけじゃない子供たちへ。
まずは手に取ってひらいて下さい。
もうひとりのあなたが助けを求めています。


出版社からのコメント


弱った心にひびく詩集です。
クロネコを撃ち殺したくなってしまうような、悲しみや怒りが心を覆ってしまっているとき。
心が疲れて元気がないときに手にとって欲しい詩集です。


伊東友香の詩は、不完全な存在を連想させます。
思春期のまっただなか、絶望のまっただなか、悲しみのまっただなか。
しかし、絶望は必ず終わると、知っているからこそ、紡げる明るさも同時に垣間見えることでしょう。
そんないくつもの感情を彼女が乗り越えてきたからこそ生み出せました。


「待つんだ」
無理に笑おうとすれば笑える
なら大丈夫
無理に笑おうとして泣きそうだったら

もう無理はおやめ


じっとしているんだ

その場所で

心の闇が通り過ぎていくのを

ただ 待つんだ


悲しみの混乱のなかにいながら、闇がふっと開ける瞬間を切り取ったような詩たち。


本書を読み終えたとき、辛い気持ちがいつの間にかかわっていることを願います。


本書を彩るイラストは、芸術が学べる通信制高校の生徒が描きます。
詩人伊東友香の詩とその詩から高校生がイメージしたイラストが繊細さをより際立てます。


北海道芸術高校とは…


広域通信制・単位制・普通科 北海道芸術高等学校 日本でも数少ない、芸術を学べる通信制高校です。
生徒たちの興味・関心のある芸術分野を学習の切り口とし、入学時に 学力で区別せずに同じスタートラインに立つチャンスを与え、学びの きっかけを作ります。
そして芸術の学習を通し、知識・技術を修得することで、自らが進む べき進路を決定し、自立・自活していこうとする態度を育成します。


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