Shinya talk

     

 

2012/10/15(Mon)

48歳の抵抗のうら悲しさと面白さ。




沖ノ島ではまったく世間の情報が入ってこなかったので山中教授がノーベル賞を獲った騒ぎは知らず、浦島状態で娑婆に帰って来たときには森口という人がips細胞の臨床に絡んでインタビューを受けていたので私はてっきり彼がノーベル賞を取ったものとばかり思っていた。



ここのところ良いニュースがない日本にとって景気づけになるニュースであり、世間は沸き立ったらしいが、実にタイミングよく同じips細胞がらみの臨床虚偽疑惑で水をさされた格好だ。



そのふたつのニュースと事件に接しながらなぜか私はふとチベットの僧院に居たときのことを思い出していた。

深山に隔離された僧院に滞在していた時、17、8歳の小僧が居なくなり、その後僧院から逃走したことがわかったのだが、その出来事を機にこの厳しい修行の僧院からどのような年齢の僧が逃走したかということを過去20年にわたって調べた事がある。



私は自分の世話をしてくれ、その後逃走したダワという小僧が10代だったこともあって、おそらく10代の脱走者が一番多いのではないかと予想していたが、この予想は見事に外れ、何と40代後半の僧の逃走が一番多かった。



40代と言えば油の乗りきった年齢で、私はなぜだろうと思ったのだが、よくよく考えてみると油の乗りきった反面40代というのは自らの才能の限界というものに気づく年齢でもある。



僧侶もそうで、修行を経て高僧の領域に達するには当然才覚が必要であり、この40代というのは自分の才覚がどの程度のものかということが明らかになってしまうある意味で残酷とも言える年齢なのである。



石川達三に「48歳の抵抗」という老いとの境目にある中年が19歳の娘に恋をするという小説があるが、40代後半という年齢は自分の限界を知るとともに、肉体的にはまだ余力が残っているという半端な年齢でもある。



中年僧侶の脱走が多いのもここにあるように思うのだ。

40代ならまだ娑婆に出てやり直しがきく年齢なのである。



奇しくも件の臨床疑惑で騒がれている森口という男は48歳。

自分の限界を知り尽くし、一発逆転の大風呂敷。

この家賃6万なにがしかのアパートに住む”48歳の抵抗”はうら悲しい。



そのうら悲しさがほぼ同じ年齢のノーベル賞受賞者によってさらに際立つ。



しかしかりに小説のようなものの題材としては山中さんより森口さんの方が”面白い”。

その生い立ちやその後たどった彼の人生を知りたくもなる。



そういった暗くウソめいた滑稽な素性もまた人間味であるとするならば、その”人間の味つけ”においてあんたは中山さんに勝ってるよとせめて言ってやるのが48歳の悲劇を少しでも緩和する手当というものかも知れぬ。



40代の記者諸君、彼が帰国後も針のむしろに座らせぬように願いたい。

死者を鞭打つは人にあらず。



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